Works
The World Compass(三井物産戦略研究所機関誌)
2009年3月号掲載
日本経済回復のシナリオ−「タダ乗り」への期待と懸念−

世界経済の急減速

 サブプライム問題に端を発する世界的な信用収縮にともなって、自動車、住宅、各種の資本設備など投融資に依存するタイプの需要を中心に、世界的な需要後退が急速に進行している。
 震源となった米国では、自動車販売がピークの2分の1(1999年から2007年は毎年1,600万台超で推移してきたが、09年2月は年率910万台)、住宅着工が4分の1(ピークの05年は通年で207万戸、09年1月は年率47万戸)と、大きく落ち込んでいる。08年10−12月期の実質GDP成長率(改定値)は前期比年率▲6.2%と、82年1−3月期以来の大幅なマイナスを記録した。2月時点の雇用者数(速報値)もピークとなった07年12月からは累積で438万人、率にして2.8%の減少となっており、今後は、戦後最大の減少率である1949年の5.2%を上回り、失業率も10%を超える可能性が高まっている。
 サブプライム問題の影響が大きい欧州でも、信用収縮の影響を強く受ける自動車等の耐久財消費、住宅投資、設備投資の落ち込みに加えて、国外から流入していた資金が金融危機にともなって逆流したことで中東欧諸国が失速しており、EU27カ国合計の08年10−12月期の実質GDP成長率は前期比年率▲6%程度(前期比▲1.5%)と、米国と並ぶ大幅な落ち込みとなっている。
 新興国も、欧米向けの輸出が落ち込んだことに加えて、成長を支えてきた国外からの資金流入が逆転したことで、景気の悪化と、株価や通貨の大幅な下落に見舞われている。二桁成長を続け世界経済の牽引役であった中国も、輸出の減速とそれを受けた設備投資の減退によって、08年10−12月期の実質GDP成長率は前年同期比6.8%にまで低下してきている。加えてロシアや中東諸国などの資源輸出国では、原油をはじめとする資源価格の急落も響いてきている。


日本は「巻き添え」で危機に

 そうしたなか、サブプライム問題の直接の影響は限定的であった日本にも、輸出の落ち込みという形で、世界の需要後退の影響が及んでいる。2008年10−12月期の日本の実質GDP成長率は前期比年率▲12.1%と、米国、欧州を上回るマイナスを記録した。その内訳を見ると、内需の落ち込みは小幅にとどまったものの、輸出の落ち込みがきわめて大きく、実質GDP成長率のうちの外需の寄与度は▲11.5%と、大幅なマイナス成長の主因となっている。
 輸出の落ち込みが大きくなった要因としては、日本の輸出の構成が、世界的に需要後退がもっとも激しい自動車や設備機械、それらの部品、素材を主力としているという構造的な要因に加えて、中国の企業が部品や原料の在庫調整を進めたこと、人民元以外のアジア通貨安の影響でアジア向けの輸出が落ち込んだことなどが挙げられる。サブプライム問題の直接の影響が限定的であったことで、為替市場で円が独歩高になったことも効いている。
 これらの要因が重なったことで、日本経済は輸出の減少を通じて、世界各地の需要後退の打撃を最も強烈に受け、内需の落ち込みが比較的小幅であったにもかかわらず、サブプライム問題に直撃されている米国や欧州以上に深刻な状況に陥っているのである。その意味で、今回の日本経済の悪化は、米国のサブプライム問題を震源とする外生的な危機が津波となって押し寄せてきて起きた、いわば「巻き添え」による危機と言えるだろう。
 ただし、内需の方の落ち込みは08年中は小幅にとどまっていたが、09年には、これまでの輸出の落ち込みにともなう生産調整、雇用調整の影響で、個人消費や設備投資の後退が深刻化する可能性が高い。とくに雇用に関しては、バブル崩壊後の不況から脱却する局面で、パートや派遣の活用による労働コストの圧縮と変動費化が進められてきたこともあり、過去にないペースで調整が進んでいる。これは日本企業の危機対応力の高まりを示すものである半面、全面的な危機下にあっては「合成の誤謬」によって危機を一段と深刻化させることにもつながる。


需要後退と政策対応のスピード勝負

 今後の世界経済の展開を考えると、金融機関の自助努力による金融システム再建や、民間需要主導での需要後退解消は望み難く、世界各国の政策対応が危機からの脱却のカギとならざるを得ない。世界各国の政府と中央銀行が、大規模なケインズ政策や金融緩和、公的資金による金融機関支援、不良資産の買い取り等で対応していくことが想定される。
 そうした政策対応は既に動き出しており、米国の大恐慌期や日本のバブル崩壊後といった過去の経験を踏まえての対応は、それらの時期に比べてはるかに迅速かつ大規模なものとなりつつある。さらに、既出の政策で不十分である場合には追加策を打つ姿勢も鮮明になっている。とはいえ、需要後退も過去に例のないスピードで進んでおり、世界経済の展開は、政策対応と需要後退のスピード勝負の様相を呈してきている。
 政策対応のスピードでは、危機発生直後は欧州諸国の対応の速さが目立ったが、その後は、中国の4兆元の景気刺激策の実行と、オバマ新政権下の米国が次々と繰り出してきている景気刺激策、金融安定化策、住宅対策などの効果に期待が集まっている。中国の場合には一党体制ならではの対応の速さと見られたが、米国に関しても、上下両院間の調整を経て2月に成立した7,872億ドルの景気刺激策の成立過程では、民主・共和両党の考え方のギャップが浮き彫りになる半面、議論と取引によって妥協点を見出す米国流の合意形成プロセスの機動力が印象付けられた。


日本は「タダ乗り」の回復へ?

 それに対して日本では、危機発生後の比較的早い段階で、迅速さだけがメリットと言える2兆円の定額給付金の構想が打ち出されたものの、その実行は遅れ、政策対応力の低さが際立つ形となっている。しかし、経済がグローバル化し、国家間、地域間の経済関係の緊密化が進んだ今日では、個々の国の経済政策の恩恵は、さまざまな形で他の国にも及ぶようになってきている。他国の景気対策の効果も、当該国の需要の回復を通じて、日本の輸出、生産の回復につながることが期待できる。とくに、政策対応の効果が期待されている米国と中国の回復は日本経済に相当な好影響を及ぼすことが期待される。
 このままでいくと、日本経済の回復に向けたシナリオとしては、米国と中国の景気対策の恩恵を端緒とする展開をメインに据えざるを得ない。具体的には、景気対策の効果で米国が復調、中国が再加速し、その両国が世界経済を牽引するなかで、日本でも外需の回復が内需の落ち込みに歯止めをかけて、経済全体が回復に向かうというシナリオである。日本が危機の影響を最も強く受けている状況が認識されたことで、為替が円安に振れてきたことも好材料となる。
 この展開は、他国が財政支出の拡大をはじめとする有形無形のコストを投じて実施する景気対策に、いわば「タダ乗り」しようというものだ。危機下にあって手詰まりの状態に陥った感のある日本経済にとっては、どのような形であれ回復に向かえば上出来ということもできるし、今回の危機自体が日本にとっては「巻き添え」であったことを思えば、タダ乗りにもそれなりの理屈は立つだろう。
 とはいえ、自力の政策対応が不十分なままでは、回復感の高まりにも広がりにも限界がある。さらに、タダ乗りでの回復という展開が、後々の日本に少なからぬ不利益をもたらしかねない状況も生まれてきつつある。


経済政策のグローバル化のなかで

 各国の経済政策の効果が世界全体に及ぶようになったなかで世界的な金融危機が起きたことで、経済政策の面での国際協調を図っていこうという機運が一段と盛り上がってきている。各国の景気対策の効果が国外に漏出する状況は、米国の景気刺激策に盛り込まれたバイ・アメリカン条項など、保護主義的な動きを生じさせている。それが行き過ぎると世界経済にはマイナスであるという認識は広く共有されているが、保護主義を抑えるうえでは、景気対策における国際的な協調がカギとなる。また、企業の活動を適切に監視し、公共の利益に反する形での利益の追求を阻止していくうえでも、国際協調は不可欠になっている。今回の危機の直接の原因となった金融ビジネスの暴走を防ぐための規制の導入・強化にあたっても、それに同調しない国があると、その国を拠点として世界中の投資家を相手に不適切な事業を展開することが可能になり、規制の効果は大幅に削がれてしまう。さらに、長期的な課題である世界規模の資源や環境の問題への対応においても、各国が協調して取り組むことがきわめて重要になってきている。
 このような構図は、先進国間では1980年代にはすでに明確になっており、85年のプラザ合意を契機として定期開催されるようになったG7(先進7カ国財務大臣・中央銀行総裁会議)は、先進国間の経済政策の協調を図る枠組みとして機能してきた。しかし近年では、経済のグローバル化と新興国の経済発展の本格化にともなって、経済政策の協調も、対象となる分野が広がるとともに、先進国間だけでは不十分になってきている。G7に主要新興国を加えたG20の枠組みがクローズアップされてきたのも、そうした背景があるためだ。
 改めて考えると、これまでの経済のグローバル化は企業活動の次元にとどまっていたが、今起きている事態は、それにともなって経済政策にもグローバル化の必要が生じていることの表れと言えるだろう。企業活動のグローバル化は、個々の企業が利益と事業機会を追求することで生じる競争を原動力としていたが、それとは対照的に、経済政策のグローバル化は、国家間の利害を調整してコンセンサスを形成し、協調の枠組みを構築していくプロセスの積み重ねによって進められる。調整の過程では、各国の国益がぶつかりあう激しい駆け引きやせめぎ合いが生じることになる。
 そうしたなかで、世界第二の経済大国が、他国の景気対策にタダ乗りする以外に回復のシナリオを描けないということでは、経済政策の国際協調を探る駆け引きの場での発言力の低下は避けられないだろう。たとえ、タダ乗りで危機からの脱却が可能であったとしても、日本経済の回復を力強いものとするため、そして、経済政策のグローバル化の潮流に対応していくためには、実効性のあるしっかりした経済政策を打ち出していくことの意義はきわめて大きい。政治の機能不全の解消は、今後の日本経済の展開を考えるうえでも、やはり重要なカギとなるだろう。


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