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読売ADリポートojo 2001年5月号掲載
連載「経済を読み解く」第14回
不安がいっぱいの日本経済−トリプル・スパイラル再び−

不況脱出のチャンスだった2000年の春

 昨年の暮れごろから、日本の景気は目に見えて悪くなってきている。この連載の第1回(昨年の4月号)で述べたトリプル・スパイラルの状態に再び陥ろうとしているのである。
 トリプル・スパイラルとは、「需要後退」、「資産価格下落」、「信用収縮」の三つのシュリンク(縮小)現象が、相互に増幅させあってスパイラル的に進行していく状況(下図参照)を指している。バブル崩壊後の日本経済が、従来の不況とは比較にならないほど深刻な事態に陥ったのは、このメカニズムが働いたためである。
 しかし、2000年初頭には、公的資金投入による金融システムの補強策により信用収縮は一応落ち着き、IT関連需要の盛り上がりも予想されていた。加えて、今でこそ「ネットバブル」だったと言われているが、株価は日経平均2万円台を回復していた。久々に、トリプル・スパイラルから抜け出せそうな状況が生まれていたのである。
(詳しくは昨年4月号の本稿「2000年の日本経済−トリプル・スパイラルからの脱出−」を参照のこと)。

トリプル・スパイラルの構図


ぬぐえなかった不安感

 それから1年、今の状況を見ると、チャンスは結局生かされず、再び本格的にトリプル・スパイラルの状態に陥る懸念が強まってきている。
 チャンスをつぶしてしまった要因としては、一つには引き締め気味の経済政策を採ってしまったことが挙げられる。財政赤字の拡大を懸念して公共投資を抑え気味にしたことや、いわゆるゼロ金利政策の解除がそれだ。
 とはいえ、それらは、ごく小幅の軌道修正に過ぎなかったという評価もできる。少なくとも、消費税率引き上げをはじめとする急速な引き締めによって景気回復の芽をつぶしてしまった96年から97年にかけての失策に比べれば、きわめて慎重な政策運営だったことは間違いない。それでもなお、需要拡大はストップし、景気は再び失速してしまったのである。
 その最大の理由は、構造調整が続いていることにある。ここでいう構造調整とは、「効率」を犠牲にして「安定」を実現するためのシステムから、競争による「ダイナミズム」とその結果としての「効率性・合理性」を目指したシステムへの移行である。その原動力となったのは、80年代後半からの規制緩和と、東西冷戦の終結にともなう経済のグローバル化だ。
 新しい社会システムは、企業にもそこで働く人々にも、仕事を奪い合う競争と、それにともなう緊張を強いるものになる。競争に負ければ仕事を失い、企業であれば倒産、個人であれば失業の憂き目を見ることになる。そこまでではなくても、収入が減るようなことは珍しくなくなるだろう。
 そういう見通しの下、個人も企業も、経済の先行きや、自身の将来への不安感をぬぐいきれず、慎重な行動を続けている。その結果、個人の消費も企業の設備投資も盛り上がりを欠き、本格的な需要回復には至らなかった。そして、需要が足踏みしているうちに、米国の株価、とくにネット関連の株価の急落に引っ張られる形で、日本の株価も下落し、再び、トリプル・スパイラルの状態に近づいてきたのである。


2001年はきわめて厳しい状況に

 2001年春の時点での状況判断は、相当に厳しいものにならざるを得ない。資産価格下落は鮮明になり、それが停滞している需要を一段と後退させ、他方では信用収縮を引き起こす懸念が生まれているのである。ペイオフ凍結解除を1年後に控えて、金融システムが不安定化する可能性も高い。
 さらに、1年前と比べて、新たに加わった悪い材料が、アメリカ経済の失速だ。昨年秋ごろから減速の兆しをみせはじめたアメリカ経済は、今や明らかな減速過程に入り、後退局面を迎える可能性も高い。状況としては、バブル崩壊後の日本にきわめてよく似ており、よほど経済政策が的確でなければ、相当長期にわたる景気後退も覚悟しなければならないだろう。
 アメリカの景気減速と株価の下落は、アメリカ企業への投資を急激に膨張させてきたヨーロッパの経済や、アメリカ向けの輸出に支えられてきたアジアの経済にも、大きな悪影響を及ぼす。日本にしても、アメリカ向け、アジア向けの輸出がともに低迷することで、需要の後退はさらに深刻なものとなるだろう。
 金融不安とアメリカ経済の悪化、いずれも大きな不安材料だが、最大の不安は、それらの不安材料が現実のものとなった場合に、打つべき手が見つかりそうにないという点にある。
 金融緩和は実施したものの、効果はさほど期待できない。財政赤字の累増を考えると、思い切った公共投資の拡大も難しそうだ。また、金融不安の再燃を防ぐためにペイオフ凍結をさらに延長しても、構造調整の先送りと評価されれば、人々の不安の解消にはつながらない。
 今、日本経済は、いつ晴れるという見込みもない不安の霧の中でさまよっている状態といえるだろう。


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