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フィナンシャルジャパン
2006年10月号掲載
「骨太の方針2006」の成長戦略をどう読むか

 「骨太の方針2006」(下注参照)においては、成長力・競争力の強化が主要テーマの一つとされている。しかし日本経済の現状を踏まえれば、その考え方には前時代的な印象を禁じ得ない。というのは、現在の日本においては、経済成長と国民の厚生の向上とは同義ではなくなっているからだ。

 下のグラフは、1960年から2004年までの各年の状況を、横軸にそれぞれの年の過去4年間の平均実質成長率、縦軸に国民一人当たり実質GDP(2004年価格)をとってプロットすることで、日本経済の足跡をたどってみたものである。このグラフからは、戦後の日本経済が、低所得ながら急速な成長を遂げた高度成長期から安定成長期を経て、間にバブル期と長期不況期をはさんで、高所得・低成長の成熟期へと移行してきた流れが読み取れる。

日本経済の「成熟化」の軌跡
  • 出所:内閣府「国民経済計算年報」等より作成


 経済成長の鈍化は、所得水準の向上にともなって、所得や消費活動に対する人々の欲求が切実さを失ってきたことの現れであると同時に、単なる経済規模や所得水準の向上では国民の厚生を高めにくくなってきていることの反映でもある。

 また、個々の企業にとっては経済全体の成長率が高いほうが望ましいことに変わりはないものの、企業セクターが全体として円滑に機能していくために最低限必要な成長率の水準は確実に低下してきている。現下の景気回復も、個々の企業が厳しいリストラを重ねた結果、低成長下でも収益を確保し、将来に向けた投資を実施することができる体制を築いたことが要因となっての動きであり、成長率の上昇はその結果に過ぎない。

 そうしたなかにあっても、成長ペースがきわめて大きな意味を持つ領域も存在する。社会保障や公共事業など、所得の再分配に関わる領域がその典型だ。再分配の枠組みを維持していくには相応の成長ペースが必要であり、成長率が低くなればなるほど、ドラスティックな枠組み変更が避けられなくなる。

 そう考えると、「骨太2006」において成長力強化という前時代的なテーマが設定されたのは、最大のテーマである歳出・歳入一体改革の前提として、極端に非現実的ではないものの財政改革の前提としてはやや甘い、名目成長率3.0%という数字を提示するための仕掛けに過ぎないのではないかとの想像も働く。

 しかし、そうした見方で「骨太2006」の成長戦略を軽視すべきではない。というのは、そこに盛り込まれた政策には、ベースとなった経済産業省作成の「新経済成長戦略」(同戦略の公式ページはこちら)よりは薄まっているものの、単なる成長力強化策を超えた有意義な提案がいくつも含まれているからだ。

 これからの日本で求められるのは、従来の経済成長の過程で置き忘れられたり犠牲にされてきたタイプの豊かさを実現していくことである。環境や文化への配慮、複線型の人生モデルの提示、新たな公共概念の構築、近隣諸国との関係再構築などがそれにあたるが、「骨太2006」の成長戦略には、これらの方向性に沿った施策が数多く盛り込まれている。それはあたかも、未来志向の施策群を、敢えて前時代的なパッケージに押し込んだかのようである。この構図を理解することこそが、「骨太2006」を読み解くカギとなるのではないだろうか。

注:「骨太の方針」について
 「骨太の方針」とは「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」の通称で、2001年に成立した小泉内閣が、政策運営の根幹となる基本方針を明らかにすることを目的に毎年作成している政策パッケージである。小泉政権としては最後となる2006年版は、同政権から後継政権への申し送り状的な位置づけとなる。

(「骨太の方針2006」の公式ページはこちら)


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