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読売ADリポートojo 2004年12月号掲載
連載「経済を読み解く」第53回
これからの景気回復−モザイク型景気拡大の時代へ−

 景気が回復に向かったこともあって、2004年の日本経済には、いろいろな面で新しい時代の訪れを感じさせる動きが見られた。景気回復の動き自体も、そのなかの一つである。今回は、ここまでの景気回復の流れを振り返るとともに、これからの景気の見方について、考えてみたい。


輸出からはじまった回復局面

 2003年の日本の実質成長率は2.4%、04年に入るとさらに加速し、上半期(1-6月)は前年同期比で5.0%という、きわめてハイペースの成長を記録した。半年間の成長率としては、バブル崩壊以後では最も高い水準だ。
 この回復のきっかけとなったのは、02年後半からの、中国向けをはじめとする輸出の急拡大であった。続く03年には、輸出拡大とそれにともなう収益の改善を背景に、輸出産業を中心とした大企業の設備投資が回復していった。これは、個々の企業による設備廃棄や投資の抑制の結果、過剰設備の整理が最終段階に近付いていたことの反映でもある。
 04年に入ると、薄型大画面テレビ、DVDレコーダーなどのデジタル家電のヒットもあって、個人消費の伸びも加わってきた。こうして、家計、企業、海外の三部門が成長に寄与する形となり、景気の回復基調は、かなり鮮明になってきたのである。


慎重さを増した経済政策

 こうした景気回復の過程を見ていて気付くのは、その間の経済政策がきわめて慎重なものだったということである。バブル崩壊後の経済不振の間には、経済政策の失敗で回復のチャンスを逸したことが2回もあった。1度目は、需要が回復しはじめたところで消費税率を引き上げた97年。2度目はITブームが盛り上がったところでゼロ金利政策を解除した2000年のことである。現在の回復局面は、これらに続く3回目のチャンスということになるが、ここでも、小泉政権が構造改革と称して、財政再建や銀行の不良債権処理の加速といった方針を掲げたために、またしても景気を悪化させ、チャンスをつぶしてしまうのではないかと懸念されていた。
 しかし実際には、財政支出の切り詰めは相当抑制されたものにとどまっているし、銀行の不良債権処理も、当初懸念されていたような無理やりなものではなく、巨額の公的資金を注ぎ込んで信用収縮を起こさないよう配慮されてきた。加えて、輸出拡大の妨げとなる円高を阻止するために、35兆円もの市場介入が行われ(2004年5月号「為替市場介入35兆円」参照)、日銀が民間への資金供給を拡大する「量的緩和策」も維持されている。
 これらは、いわゆる「抵抗勢力」も含めて、さまざまな力が働いた結果という面もあるだろうが、少なくとも結果的には、拙速な改革が回避されたことが、景気回復の重要な背景となっている。
 その後、回復基調が鮮明になった03年の半ばごろから、財政支出の抑制や銀行への圧力が強められてきている。「改革なくして成長なし」という掛け声とは裏腹に、景気が回復してはじめて、改革を本格化させることが可能になったのである。


モザイク型が今後の標準

 今回の回復局面では、明確に好調と言えるのは輸出産業やデジタル家電のメーカーなど一部の産業、企業に限られている。好調な企業でもリストラの手は緩まず、雇用拡大や賃上げには依然として慎重で、経済全体に回復感が広がるという状況は生じていない。05年にはこのまま失速してしまうという見方も強まっている。
 今回のような、回復感が経済全体に行き渡らない景気拡大は、これからの日本の景気変動においては、標準的なパターンになっていくものと考えられる。それは、たとえバブルの後遺症を完全に払拭し、最善の経済政策をとったとしても、人口が減少に転じる影響からは逃れられないためだ。
 人口が減少する時代には、大部分の商品やサービスでは、需要が減るのが普通になる。成長するのは、新しい商品やサービスを開発して新しい需要を生み出すか、海外の需要の取り込みに成功した、一部の産業や企業に限られる。たとえ好景気であっても、バブル期までのように、経済のすべての領域が明るくなるような力強い拡大は、ほとんど期待できなくなる。これからは、今回の回復局面と同様の、明るい部分と暗い部分が入り混じった拡大、いわば「モザイク型」の拡大が、標準的な景気拡大のパターンになってくるだろう。


新たな活性化の仕組みづくりへ

 モザイク型の拡大では、好景気といっても、その力強さや持続力には、どうしても限界がある。05年の景気についても控え目に見ておいた方が無難だろう。
 モザイク型拡大の時代には、個々の企業にとっては、新しい需要を開拓することで、モザイクの明るい部分に入れるように努めていくことが重要になる。
 その一方で、経済全体の運営の視点からは、モザイクの明るい部分を増やすことと、極端に暗い部分をなくすことが求められる。具体的には、この連載でも述べてきたことであるが、環境整備や街づくりなどのパブリック・ニーズを顕在化させる仕組みづくり、新事業の創造による需要創出に貢献できる金融システムの構築、セーフティーネットの基礎となる社会保障の枠組みの再建といった課題が挙げられる。
 不良債権の処理や過剰設備の整理といった過去の清算は進んでいる。次の段階では、人口が減少する時代の到来に向けて、経済を活性化させる新しい仕組みづくりへと軸足を移していくことが必要だ。私たちは今、破壊に続く創造の時代を迎えつつある。


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