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三井物産戦略研究所WEBレポート
2009年12月10日アップ
2010年の世界経済展望−見えてきた金融危機後の世界−

金融危機からの脱却の第一歩となった
「グリーン・ニューディール」


 2009年の世界経済は、前年来の金融危機からの脱却を最大のテーマとして回ってきた。米国のサブプライムローン問題に端を発した金融危機は、米国を震源として、世界のほぼ全地域、産業のほぼ全分野で急速な需要後退を生じさせた。それに対する世界各国政府、中央銀行の政策対応は、金融緩和や財政拡大といった伝統的なマクロ経済政策に加えて、公的資金を用いた金融機関への資本注入や中央銀行による一般企業の資金繰り支援なども含めて、過去に例のない規模と迅速さで進められた。その結果、春頃には世界経済は一時の「全地域・全分野での急落」には歯止めがかかった。
 ここまでの局面では、金融システムへの支援は言うまでもないが、それに加えて、「グリーン・ニューディール」という言葉に象徴される積極的な環境政策を景気刺激策と融合させる政策展開が多くの国で打ち出され、2009年の世界経済の動きを特徴づける大きな潮流となっていった。そこでは、温暖化ガス排出削減と景気刺激の一石二鳥を狙って、風力発電や太陽光発電といった再生可能エネルギー、それを需要家に届けるための次世代型送電網であるスマート・グリッドの導入や技術開発、エコカーやエコ家電、省エネ住宅などの購入に巨額の補助金が投入され、景気の回復に向けて一定の役割を果たした。とくに、GMとクライスラーの破綻にも至った自動車産業の苦境に対しては、各種の買い替え支援策が導入され、大きな支援材料となった。


2010年以降は構造転換型の回復へ

 2009年の夏場以降は、各国の政策対応の効果をはじめとする好材料と、雇用環境の悪化などの悪材料が入り混じる形で、世界の景気は一進一退、モザイク模様の状況となっている。2010年には、政策の効果がさらに顕在化してくることと二次的な波及効果が多方面で現れてくることで、雇用環境も改善に転じ、回復傾向が鮮明になってくるものと考えられる。
 ただし、バブル的な要因で膨張、急落した自動車や住宅の需要が元に戻ることは考えにくい。今回の回復局面では、成長の主力となる地域、市場、産業が交代する構造転換が前提となる。そこでは、新たな成長領域を模索しながらの展開が想定されるため、通常の循環型の回復に比べて回復のペースは鈍いものとなるだろう。とはいえ、今後の世界経済の発展の方向性は、2009年の動きから、ある程度は見えてきている。
 まず地域、市場としては、米国の牽引力が低下する一方で、2009年の早い段階で需要を回復させて世界に存在感を示した中国をはじめとする新興諸国がリードしていく可能性が高い。また、産業、企業では、2009年に政策的な後押しが鮮明であった環境・エネルギーの分野に加えて、医療・健康やセキュリティ、娯楽・文化などの高度かつ多様な時代のニーズに応えるビジネスが経済発展の主役を担っていくことが想定される。自動車や電気機械、住宅関連などの既存産業でも、新興国での市場拡大への対応と並行して、環境、健康、セキュリティといった時代の要請に対応していくことが、事業展開の焦点になるだろう。


政府の役割の拡大とグローバル化の再起動

 2010年からの回復局面においては、世界経済の成長市場、成長分野が変わるだけでなく、経済発展の在り方も、大きく変わる可能性が高い。そこでの基調としては、従来の「自由・市場・小さな政府」を追及してきた発展パターンの行き詰まりが今回の金融危機で明白になったことで、政府の役割が大きくなる流れが想定される。
 政府の役割の拡大という文脈では、危機対応として財政支出が膨張したり、危機に陥った企業を一時的に国有化したりといった展開もあった。これらの危機対応にともなう政府の拡大は、「出口戦略」に沿って従来の形に戻るものと考えられる。しかし、世界的な危機の原因となった金融ビジネスの暴走の再発や、その前段とも言えるエンロン、ワールドコムのような不正行為の横行を防ぐための産業規制の強化に加えて、危機下で明らかになったセイフティネットの脆弱性の問題や環境問題への対応など、従来に比べて政府の役割が大きくなる蓋然性はきわめて高い。
 その変化は、1990年代初頭の冷戦の終結を端緒として進んできた経済のグローバル化の潮流にも変化をもたらすことになるだろう。経済のグローバル化は、先進国の「豊かさ」と新興国の「活力」を補完しあう発展パターンを成立させたが、その一方で、格差の拡大や環境破壊、資源の供給不安といった弊害も生んできた。今後想定される経済活動に対する政府の関与の拡大は、そうした弊害を緩和させ、結果として、金融危機で停滞していたグローバル化の潮流を再起動していくことが期待できる。
 また、経済がグローバル化するなかで政府の関与が大きくなるという流れを想定すると、実効性のある産業規制を導入するうえでも、地球環境問題に対応していくうえでも、経済政策における国際協調がきわめて重要になる。すでに2009年の段階で、G7、G8に新興国を加えたG20の枠組みが国家間の合意形成の枠組みとして定着する流れが明確になっている。経済の発展段階も政治体制も異なる20もの国でコンセンサスを形成することの困難さはあるが、世界経済が新たな発展ステージに入るための前提条件という意味で、この枠組みの成熟が期待されている。


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