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環境文明21会報 2010年1月号掲載
2010年の世界経済−危機脱却から構造転換へ−

金融危機の克服

 2009年の世界経済は、前年来の金融危機からの脱却を最大のテーマとして展開した。今回の金融危機は、直接的には米国のサブプライムローン問題の帰結であるが、長期的な視点からは、1980年代以降の「自由・市場・小さな政府」の基調と、新興国の台頭と連動した経済のグローバル化の潮流の弊害が一気に表面化した結果だとする認識も広がっている。格差の拡大や、環境問題、各種資源の供給不安、行き過ぎた金儲け主義の横行と、地域や民族に固有の文化の退潮、それらを背景とするテロの頻発と社会不安の高まりなど、世界規模の問題が相次いで顕在化してきた延長線上に、今回の危機があるという認識である。
 2009年の段階では、当然のことながら、サブプライム問題の後始末を軸とする直接的な危機対応が先行した。一時は「100年に一度」とまで称された経済の混乱への対応は、金融緩和や財政拡大といった伝統的なマクロ経済政策に加えて、公的資金を用いた金融機関への資本注入や中央銀行による一般企業の資金繰り支援も含めて、過去に例のない規模と迅速さで進められた。
 その結果、春頃には、世界経済は一時の危機的な状況からひとまずは抜け出した。夏場以降は、世界の景気は一進一退、モザイク模様の状況となったが、2010年には、政策の効果がさらに顕在化してくることと二次的な波及効果が多方面で現れてくることで、雇用環境も改善に転じ、回復傾向が鮮明になってくることが期待される。
 また、2010年以降は、金融危機の克服に加えて、1980年代以降の世界経済に積みあがってきていたさまざまな弊害を取り除く方向での構造転換が進むことが想定される。それは、前に挙げた格差問題や環境、資源、文化、安全保障といった多様な問題への対応と重なってくる。


拡大する政府の役割

 今後の構造転換の基調となるのは、従来の「自由・市場・小さな政府」とは逆の、「政府の役割の拡大」という方向性だろう。既に危機対応の初期段階から、財政支出の拡大や、危機に陥った企業の一時的な国有化といった展開が見られた。今後も、世界的な危機の原因となった金融ビジネスの暴走の再発や、その前段とも言えるエンロン、ワールドコムのような企業の不正の横行を防ぐための産業規制の強化に加えて、格差問題への対応も含めたセイフティネットの拡充など、従来に比べて政府の役割が大きくなる蓋然性は高い。その文脈からは、2009年に米国、日本、EUが相次いで歴史的な政権交代、体制の変革を実現させたことの意義はきわめて大きいと言えるだろう。
 「政府の役割の拡大」という方向性は、1930年代の大恐慌の再発を防ぐために1950年代、60年代に進められた「大きな政府」の路線を想起させる。その時期の政府の拡大は、経済の安定化には貢献したが、生産活動の非効率化や既得権益の固定化といった弊害を生み、経済の活力を低下させた。そのメカニズムは現在では広く認識されている。今回の危機対応において、国有化された企業の再民営化や、極端な財政拡大、金融緩和を通常の状態に戻す「出口戦略」が早々に議論に上ってきたのもそのためだ。
 今後は、政府の役割が拡大するといっても、1950年代、60年代のように、その傾向が行き過ぎた状態が長期化することはないだろう。当面の危機対応と、市場重視や規制緩和の行き過ぎの是正のために政府の役割が大きくなることは間違いないとしても、「自由・市場・小さな政府」で生じるメリットとの間のバランスを探っていく展開が想定される。米国のオバマ大統領が就任演説で「大きな政府か小さな政府かは問題ではない。問題は政府が機能するか否かだ」と述べたのも、その方向性を示すメッセージと理解できる。


グローバル化の修正と再起動

 「自由・市場・小さな政府」の基調が反転するのに対して、新興国の台頭と経済のグローバル化の潮流は、今後も世界の主潮であり続ける可能性が高い。経済のグローバル化は、紀元前2世紀とされるシルクロードの成立や、15世紀から17世紀の大航海時代、19世紀以降の欧米列強による帝国主義的拡張などに象徴されるように、歴史上、連綿と続いてきた潮流である。その意味では、1930年代の大恐慌期に進んだ経済のブロック化と第二次世界大戦後の東西冷戦によってグローバル化が停滞した1980年代までの約60年間こそが異常期であり、冷戦終結以降のグローバル化の再開は、常態への回帰と位置付けられる。
 1990年代以降のグローバル化は、中国をはじめとする新興国の急速な成長と連動していたため、先進国と新興国の双方の経済を活性化させたが、その一方で、「自由・市場・小さな政府」の路線と相まって、格差の拡大や環境、資源、文化、安全保障など多くの問題を引き起こした。これらの問題は、今後、政府の役割が拡大に向かうことで、緩和に向かうことが期待できる。それにともなってグローバル化の潮流は、引き続き先進国と新興国の双方の経済にメリットを与えながら、政府の適度な関与によって弊害を緩和した形で、再起動していくことになるだろう。
 また、経済がグローバル化したなかで政府の関与が大きくなる展開では、実効性のある産業規制を導入するうえでも、マクロ経済政策を実施するうえでも、経済政策における国際協調がきわめて重要になる。この点が、1950年代の「大きな政府」との最大の違いと言える。既に2009年の段階で、従来のG7、G8に新興国を加えたG20の枠組みが国家間の合意形成の基盤として定着する流れが明確になっている。経済の発展段階も政治体制も異なる20もの国・地域でコンセンサスを形成することの困難さはあるが、世界経済が新たな発展ステージに入るための前提条件という位置付けで、この枠組みの成熟が期待されている。


カギを握る環境政策

 金融危機を契機として、世界が大きく変わろうとするなかで、緊急の危機対応においても、政府の役割の拡大やグローバル化の修正においても、環境問題は最大の焦点となっている。
 金融危機への緊急対応としては、「グリーン・ニューディール」という言葉に象徴される積極的な環境政策を景気刺激策と融合させる施策が多くの国で打ち出された。風力発電や太陽光発電、スマート・グリッドの導入や技術開発、あるいはエコカーやエコ家電、省エネ住宅の購入への巨額の補助金の投入は景気回復の呼び水となった。
 同時に、各国政府による巨額の補助金は、気候変動問題への対応を加速させる起爆剤となりつつある。ただ、各国の財政状況を考えると、それにも限界があることは明らかだ。中長期的には、京都議定書のような国際的な協調の枠組みを世界全体に広げて、それに基づいて企業や個人のCO2 排出の上限を定めたり、税金を課したりといった形で規制を強化する展開が想定される。
 気候変動の問題は、世界全体の経済、社会の存続に関わる問題だが、それを回避するための「低炭素化」は、産業セクターにとっては最大の成長分野、戦略分野でもある。そこでの展開を大きく左右するポスト京都議定書の枠組みと、日本の「1990年比25%削減」の具体策は、これから次第に明らかになってくるはずだ。その意味で2010年は、気候変動問題のみならず、世界経済全体にとっても、大きな節目の年となるだろう。


関連レポート

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