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読売isペリジー 2009年1月発行号掲載
連載「経済、最初の一歩」第2回
世界金融危機の行方

 2007年夏頃から米国経済に影を落としてきたサブプライムローンの問題は、2008年9月、米国の大手証券会社リーマン・ブラザーズの経営破綻を契機に、世界経済全体を巻き込んだ金融危機へとエスカレートしてきました。この危機はどのようにして起きたのか。そして、これから世界はどうなっていくのか。今回は、現在進行中の世界金融危機について考えてみましょう。


直接の原因はサブプライム

 今回の金融危機の直接の原因は、米国のサブプライムローンの問題が深刻化したことにあります。サブプライムローンとは、信用度の低い消費者を対象とする住宅ローンで、借りてから数年後に金利を引き上げることを前提に当初の金利負担を抑える形が一般的でした。その形であれば、住宅価格が急上昇を続けていた2005年頃までは、借り手は、金利が上がる前に新たなローンに借り換えることで高い金利を払うことを避けられたため、この種のローンの設定が急増しました。ですが、2006年の後半から住宅価格が停滞しはじめると、ローンの借り換えが難しくなり、引き上げられた金利の負担に耐えられない債務者が急増し、サブプライムローンの不良債権化が急速に進んだのです。
 また、この問題が複雑化し、世界経済を深刻な危機にまで陥らせた要因としては、多数の住宅ローン債権を束ねたり他の資産と組み合わせたりといった「証券化」の手法を駆使して金融商品を作り出し、国内外の投資家に広く販売してきたことが挙げられます。内外の多くの金融機関や投資家が、そうした証券化商品を、住宅価格の全般的な下落のリスクを十分に認識することなく購入し、サブプライムローンのリスクを抱え込んでしまいました。その結果、リスクは世界中に広がり、誰がどれだけのリスクを抱えているか、全体像が見えなくなってしまいました。
 2007年の夏頃になると、その現実が広く認識され、多くの金融機関の経営状態が不安視されはじめました。お互いに疑心暗鬼となった金融機関同士の取引は滞り、世界中の金融市場が混乱状態に陥りました。そして2008年に入ると、3月には米国大手証券会社の一角であったベア・スターンズ証券の経営破綻、7月には住宅公社の経営不安と救済策の実施、9月には米国第4位の証券会社リーマン・ブラザーズの経営破綻といった展開を経て、金融市場の混乱の度合いは一段と深刻なものになっていきました。


怖いのはトリプル・スパイラル

 巨額の負債を抱えた大手証券会社の破綻を受けて、世界各地の金融機関が、自己資本の毀損への対応と自らの資金繰り確保のために投資や融資を急速に絞り込む「信用収縮」の動きが加速しました。その動きは、震源地である米国に加えて、米国の住宅ローン債権を含む証券化商品を大量に購入していた欧州の金融機関でも鮮明になり、その影響は、米・欧の金融機関を介した国外からの資金流入を受けて経済成長を続けてきたアジアや南米、ロシア、中東欧などの新興国にも及んでいます。米国、欧州に新興国も加えた世界各地で、設備投資や住宅投資、自動車をはじめとする耐久財消費といった借り入れに依存するタイプの需要が急速に後退し、サブプライム問題に端を発する金融セクターの混乱は、実体経済を巻き込んだ世界規模の金融危機へとエスカレートしてきたのです。
 こうした状況下で、一番怖いのは、「信用収縮」と「需要後退」、さらには住宅や株式などの「資産価格下落」の三つの現象が、それぞれがそれぞれの促進要因となってスパイラル的に落ち込んでいく、「トリプル・スパイラル」の構図です(下図)。既に米国の住宅という資産の価格の下落が信用収縮を生じさせ、それが需要後退につながってきています。それが次の段階では、需要後退が金融機関の収益悪化を通じて信用収縮を一段と深刻化させ、株価も含めたもう一段の資産価格下落にもつながり、それがまたさらなる需要後退を招くという三重の悪循環が、世界規模で成立してしまう懸念があるのです。

トリプル・スパイラルの構図

 この構図は、1990年代後半、バブル崩壊後の日本が経験したものですが、より激烈に作用したのは1930年代の米国の大恐慌です。1929年10月に発生した株価の大暴落は実体経済の崩壊を招き、新たな成長軌道に入るためには、第二次世界大戦という大規模な特需と生産能力の破壊を待つしかありませんでした。そして現在、トリプル・スパイラルへの懸念が浮上してきたことで、大恐慌の時代の最悪の記憶が甦り、米国経済の現状に関する報道や論評では、「大恐慌以来」という表現が目立ってきています。


開けてきた脱出への展望

 トリプル・スパイラルの構図は、鮮明になってはいるものの、本格的に回りはじめてはいません。この最悪の事態を避けられるかは、各国の政策対応がカギになるでしょう。
 大恐慌の時代には、有効な政策対応は取られず、それが事態を深刻化させ、最悪期の1933年には、失業率は25%を超え、一国の経済活動の水準を示すGDPはピークの7割を割り込むまでに落ち込んでしまいました。
 その後、大恐慌の経験からは、需要後退に対しては財政支出の拡大や金融緩和で対処すべきとするケインズ流の経済政策理論が確立されました。1990年代の日本のバブル崩壊後には、その処方箋が活用され、大恐慌のような深刻な事態は避けられました。ですが、信用収縮への対応が遅れたため、経済の低迷は長期化してしまいました。
 そうした過去の経験を踏まえて、今回の金融危機では、需要後退に対しては財政支出の拡大や金融緩和、信用収縮に対しては公的資金を用いた金融機関への資本注入を主力として、米国や欧州諸国をはじめ、世界各国で迅速な政策対応が打ち出されています。資産価格下落に対しても、米国の住宅ローン債権の価格下落に歯止めをかけるため、住宅ローン債権やそれを組み込んだ証券化商品を、公的資金を使って買い取る施策が検討されています。さらに、国ごとの政策だけでなく、多くの国が協調して危機に対応していく方針も確認されています。
 それらを考え合わせると、危機的な状況を抜け出す道筋は次第に見えてきていると言えそうです。その意味では、現在の金融危機は、サブプライム問題の最終局面と位置付けることもできるでしょう。ただ、どんな物語でもそうであるように、クライマックスには波乱と混乱が付きものです。まだまだ予断は許されません。当分の間は厳しい経済状況が続くことも覚悟しておく必要があります。
 また、今回の金融危機は、単にサブプライム問題の帰結というだけでなく、1980・90年代から続く自由化と金融産業に依存した経済発展の弊害が一気に噴出してきた現象という意味合いもあります。その意味では、問題の解消に向けては、まだ多くのステップが想定されます。その点については、また別の機会に考えてみましょう。


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