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三井物産戦略研究所WEBレポート
2008年12月12日アップ
2009年の世界経済展望−危機下で進む新秩序の模索−
 トピックス:2009年の米国経済

公的資金本格投入までの道筋

 米国の住宅ブームとその反動としての住宅不況から派生してきたサブプライムローンの問題は、2007年後半から米国経済を減速させ、10-12月期には約6年ぶりのマイナス成長を記録し、08年に入ると雇用が減少に転じた。その後、戻し減税を中心とする1,680億ドルにのぼる大規模な景気刺激策が実施されたことで4-6月期の実質成長率(前期比年率)は2.8%と盛り返したものの、7-9月期には▲0.5%と再びマイナスに転じたことを受けて、全米経済研究所(NBER)は、米国経済は07年12月から景気後退局面に入ったとの判断を公表した。

米国の実質成長率の推移 米国の非農業雇用者増加数の推移
  • 出所:商務省
  • 前期比年率増減率とその3期移動平均
  • 出所:労働省
  • 月次ベースの年率換算値

 景気後退下の08年の米国経済では、大規模減税やFRBの金融緩和策に加えて、金融機関のサブプライム関連損失の拡大と、それに対する政策対応にも注目が集まった。なかでも最大の関心は、問題解消に向けた公的資金投入が、いつ、どのように行われるかであった。サブプライム問題の解消には公的資金の投入は不可避、あるいは早道であるとの見方は早い段階から広まっていた。しかしその一方で、公的資金による救済策は、企業や個人が政府による救済に依存する体質を醸成させてしまうという、いわゆる「モラルハザード」への懸念が根強かった。加えて、極端に高い所得を得ている金融機関の幹部職員を守るために公的資金を投入することに対する感情的な反発もあり、コンセンサスを得ることは容易ではなかった。そのため、08年前半までの段階では、米国の政策当局は、3月のベアー・スターンズ証券の危機に際して公的資金を用いた支援策を打ち出してJPモルガンによる救済合併を実現させたことなど、事態の進展を追いかける形の施策を実行するにとどまっていた。
 そうしたなか、結果的に公的資金投入につながったのが、半官半民のファニーメイ、フレディマックの両住宅公社に対する施策であった。政府は3月、両住宅公社の不動産担保証券(MBS)購入の上限規制を緩和し、それを受けた両住宅公社は、4月からの3カ月間に約1,700億ドルのMBSを購入した。金融機関や投資会社は、MBSを住宅公社に売却することで損失を確定させ、不良資産の処理を進めることができた。
 その間、MBSの市場価格の低下によって住宅公社の損失は膨らんだが、問題の中核とも言えるMBSの相当部分を住宅公社に集中させたことで、両公社への公的資金投入も止むを得ないとするムードが醸成された。7月に入ると、両公社が発行した1兆6,000億ドルに達する債券の信用力の低下が深刻化したが、それを受けて、13日に公的資金を用いた支援策が発表され、30日には両公社に対する2,000億ドルまでの公的資金による資本注入を認める住宅公社支援法が成立した。
 それによって、住宅公社に関する懸念は薄らいだが、住宅公社によるMBSの買い入れが事実上停止したことで、不良資産の処理が遅れた金融機関の経営に対する不安感を一段と高めることにもなった。それが、9月15日からの数日間に起きた、リーマン・ブラザーズの経営破綻、バンク・オブ・アメリカによるメリルリンチ証券の救済合併、公的資金投入による保険最大手AIGの救済といった急展開へとつながっていった。この局面では、リスクを認識していない個人に損失が及ぶAIGを救済する一方、破綻にともなう損失がリスクを認識していた投資家にほぼ限られるリーマン・ブラザーズを破綻させたことで、公的資金投入に際しての一種の規律が明確にされた。さらに、リーマン・ブラザーズを見捨てたことは、公的資金投入に対する国民一般の感情的な反発を和らげる意味合いもあったものと考えられる。
 こうした段階を経て、20日には不良資産の買い取りを柱とする7,000億ドルの公的資金の投入策が発表された。29日には金融安定化法案として提出され、一旦は下院で否決されるという波乱はあったものの、種々の修正が加えられたうえで、10月1日に上院、3日に下院で可決され、成立した。公的資金投入という大きな方向性が定まったことで、サブプライム問題は、不良資産と問題のある金融機関の処理を主潮とする最終局面に入ってきた。


サブプライム問題の最終局面は実体経済を巻き込む厳しい状況に

 公的資金の本格投入が決まっても、金融産業と市場の混乱は終息しなかった。金融安定化法案が下院で一旦は否決されたことで、米国政府の対応力が疑問視されたことも影響した。多くの金融機関が、自己資本の毀損に対応するためと資金繰りを確保するために投融資を絞り込む、信用収縮の動きが広がった。その結果、住宅や耐久財の購入、企業の設備投資といった借り入れに依存する需要は急速に冷え込み、企業収益や雇用にも悪影響が拡大している。年初から8月までの66万人に加えて、信用収縮の影響が出た9月から11月の3カ月で126万人の雇用が失われた。住宅着工件数は10月には79万戸と、ピークのほぼ3分の1にまで落ち込んだ。既に後退局面に入っていた米国経済に信用収縮が追い討ちを掛ける事態は、まさに「金融危機」と呼ぶにふさわしい状況である。

米国の住宅着工件数の推移 米国の自動車販売台数の推移
  • 出所:商務省
  • 月次ベースの年率換算値
  • 出所:商務省
  • 月次ベースの年率換算値

 そうした厳しい状況の象徴となっているのがビッグ・スリー、近年ではデトロイト・スリーと呼ばれるようになったGM、フォード、クライスラーの大手自動車メーカー3社である。退職者も含む雇用者への手厚い保障制度に由来する構造的な労働コストの高さに加えて、小型車シフトの流れのなかで大型車重視の戦略が裏目に出て収益力が低迷していたところに信用収縮の大波を受けて、販売が一段と減退したうえに金融機関の融資姿勢が厳格化したことで、3社の経営は資金繰りに苦しむまでに悪化した。3社に対しては、9月の時点で既に公的資金を用いた250億ドルの融資による資金繰り支援が決まっているが、それで苦境を脱することはできず、3社は重ねての支援を要請している。3社に対する公的な支援に関しては、米国を代表する大企業であり、素材や部品、販売網など関連産業の裾野の広い3社の破綻は避けるべきだとの意見がある一方で、特定の産業、企業を政府が支援することは公正ではない、あるいは、資金繰りを支援しても根本的な経営再建は不可能だとして支援を否定する意見も根強く、議会でも下院を通過した救済案が上院で廃案になるなど、救済に向けては難航が続いている。
 こうした厳しい状況下、金融危機に対する政策対応は着実に進められている。金融安定化法で設定された7,000億ドルの公的資金の主な使途は、当初想定されていた金融機関の不良資産の買い取りから、根治療法としては問題があるが即効性を期待できる金融機関への資本注入に振り替えられ、12月上旬までの段階で大手銀行を中心とする約90社に対して総額2,000億ドルを超す公的資金が注入されている。そして、実行するうえでの技術的な難点はあるものの、住宅ローン債権とそれを含む証券化商品の価格下落に対する最大の対抗策と言える不良資産の買い取りのためには、FRBが8,000億ドルの枠を設定した。需要後退への対策としても、ピークから4.25%ポイントに及ぶ政策金利の引き下げに加えて、財政面でも減税や公共支出の拡大が検討されている。それでもまだ不十分との議論もあるが、足りなければ対策を追加するという政府の姿勢は鮮明で、金融危機脱却に向けた道筋は見えてきつつある。


オバマ新政権への期待と不安

 信用収縮にともなう実体経済の悪化が進むさなかの11月4日、米国民は次代の指導者として、初の黒人大統領となるバラク・オバマ上院議員を選出した。選挙戦の間、一貫して「変革」を訴え、金融危機に際しては、不人気な公的資金投入策を明確に支持したことが大統領選勝利の最後の決め手になった。
 米国民からも世界各国からも、さまざまな期待を寄せられるオバマ新政権であるが、経済面だけをとっても、その前途の困難さは容易に想像できる。金融危機に対しては、打てる政策はすべて打つという姿勢で、危機からの脱却の道筋は見えてきつつあるものの、実体経済の悪化はむしろこれから深刻化していくことが見込まれる。雇用情勢の悪化に、住宅取得の困難化や、住宅、株式の価格低下にともなう個人資産の目減りも加わって、社会不安が高まることも考えられる。
 また、金融危機とそれにともなう景気悪化に対応するための財政支出の拡大は、景気後退にともなう税収減とあいまって、財政赤字の急拡大を招く。連邦政府の財政赤字額は、2008年度(2007年10月−2008年9月)に過去最高の4,548億ドルを記録したが、09年度にはさらに急増して1兆ドルを超えるとの見方も広がってきている。多くの投資家がリスクに敏感になっている金融危機下では、相対的にリスクが小さいと見られている米国債の消化に問題が生じる懸念は小さいが、その間の赤字の累増は、オバマ政権の後々の政策展開の制約要因となるだろう。
 経済の回復への期待が大統領選での大きな勝因の一つであっただけに、それに応えられないとなると、選挙時の人気の反動も大きなものとなりかねない。現下の金融危機を早期に脱して社会不安を抑え込んでいけるのか否か。オバマ新政権初動の「100日」に、世界の期待と注目が集まっている。


総論
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トピックス
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