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三井物産戦略研究所WEBレポート
2010年6月11日アップ
2010年後半の世界政治・経済−回復する経済と高まる政治リスク−

回復基調の定着と高まる財政・金融不安

 2010年前半には、世界経済の回復基調が定着してきた。金融危機が発生した2008年終盤から2009年序盤にかけて各国が打ち出した金融安定化策や需要刺激策が効を奏した形である。
 回復をリードした中国をはじめとする新興国や韓国に続いて、米国も2009年7−9月期にプラス成長に転じている。2010年に入ってからは、それまで2年間にわたって大幅に落ち込んでいた雇用も、ようやく増加に向かいはじめている。米国や欧州に比べて危機の当初段階での落ち込みが激しかった日本も、経済活動の水準は依然として低く、さらにはデフレという難題を抱えているものの、輸出の急回復とエコポイントなどの消費需要喚起策の効果で回復感が鮮明になっている。
 そうしたなか、基礎的な成長力の低さと、金融システムが抱える危機の後遺症の大きさのため、欧州経済の出遅れが顕著である。さらに、ギリシャの財政危機が、特定のEU加盟国の財政危機に対するEUの対応力への不安を高めたことが、欧州経済の不振を一段と深刻化させている。ギリシャも含めて“PIIGS”という表現で括られるイタリア、スペイン、ポルトガル、アイルランドなど、財政不安を抱える国が、国債利回りの上昇という形で、緊縮財政による財政再建に向けたプレッシャーを受けることになり、それが、遅れている欧州の景気回復をさらに遅らせるという構図である。
 PIIGSの問題は、欧州経済の停滞に加えて、それらの国々の国債を保有する世界各国の金融機関の財務体質の悪化と、それにともなう信用収縮の再燃というパスで、世界経済の回復を阻害する可能性がある。2010年前半の世界経済は、新興国の成長と米国経済の回復が欧州の不振を補う形で回復基調を維持してきたが、年後半に向けて不安は高まりつつある。

米国、EU、日本の実質GDPの推移
  • 直近のピークからの乖離率の推移を掲載


重要度を増した政策展開

 2009年にはじまった今回の回復局面では、従来以上に各国政府による政策が大きな役割を果たしてきた。危機が発生した初期段階では、公的資金を用いた金融機関への資本注入や、中央銀行による一般企業への信用供与など「非伝統的」と称されるほどの大胆な金融政策が危機の進行にブレーキを掛けた。その後は公共投資の拡大や各種の補助金、減税で需要を喚起したことで、景気は底打ちから回復へと向かってきた。
 今後の展開においても、政策の展開が引き続きカギとなる。多くの市場が飽和しつつある先進国で需要の拡大が期待されている、環境や医療、セキュリティなどの領域での需要創出や、新興国の需要拡大の大きな部分を占めるインフラ整備は、いずれも政策的な枠組み作りや方向付けが前提となる。
 また、非常時の緊急避難的な金融政策や財政政策を平時のモードに戻していく「出口戦略」の巧拙は、回復のシナリオを大きく左右することになる。PIIGS問題に象徴されるように、景気刺激と財政再建の折り合いをどう付けていくかは、財政赤字が膨張した先進諸国のみならず、不動産や株式市場にバブル的な状況が見えつつある新興国にとっても重要な課題となってきている。とくに財政と金融の両面で不安の大きい欧州においては、金融危機の再燃を回避するために、きわめて慎重な、場合によってはきわめて大胆な政策対応が求められることにもなる。
 さらに、経済のグローバル化が進んだ結果、各国の経済が密接に連動するようになっているため、個々の国の政策だけでなく、国際的な政策協調の重要性も高まっている。環境関連、取り分け低炭素化関連が有望な成長分野であるとの認識は、広く共有されているが、その関連の需要が顕在化するには、ポスト京都議定書と位置付けられる、世界的なCO2排出削減の枠組みが設定されることが前提となる。また、金融危機の再発を防ぐために金融産業への規制を強化するにしても、危機の深刻化を回避するための保険的な枠組みを作るにしても、個々の国の政策では十分な効果は期待し難い。これまでのグローバル化は、主として「企業活動のグローバル化」であったが、金融危機を経た現段階では「政策のグローバル化」を進める必要が強まっている。


政治リスクの存在

 政策の重要度は従来以上に高まっているが、実際の政策展開には不安がある。金融危機が発生した当初段階の対応こそうまくいったものの、そもそも危機の直接の原因となったサブプライムローンをめぐる金融ビジネスの暴走は政府による規制の不備によるものであるし、リーマン・ショックの直後に米国議会に提出された金融安定化法案を、1カ月後に選挙を控えた下院が否決したことが、危機を回避する最後のチャンスを潰したという事実もある。また2010年に入ってPIIGS問題が深刻化したのも、地方選挙を控えたドイツ政府が、自国民に不人気なギリシャ支援策に対して消極的な姿勢に終始してきたことが要因となっている。
 これらに共通するのは政治におけるリーダーシップの欠如である。選挙を意識するあまり、必要だが人気のない政策について、国民の理解を得る努力を怠り、政策の実行を避ける傾向が生じている。大きな期待を背負って登場した米国のオバマ大統領も、医療保険制度改革という難題を突破する代償として支持率を低下させた状況で中間選挙を11月に控えているし、連立政権を巧みに運営してきたドイツのメルケル首相も、ギリシャ危機への対応ではリーダーシップの低下を印象付けた。歴史的な政権交代にともなう混乱が鳩山首相の辞任にまで深刻化した日本はもちろん、英国においても5月の総選挙の結果、路線の異なる保守党と自由民主党が戦後初となる連立政権を組むことになり、今後の政策展開に不安が生じている。これらはいずれも「民主主義のコスト」と位置付けられるが、選挙の影響とは無縁な中国も、社会の不安や不満の高まりが政権へのプレッシャーとなり、政策展開の制約要因となっている。
 世界経済は今後も回復基調を維持する可能性が高い。欧州諸国の財政不安の問題も、大きな問題ではあるが、EU全体として、あるいは国際的な枠組みで対応することが十分に可能な規模の問題と言える。危機の再燃で二番底に陥る懸念は大きくはない。ただし、政策対応の遅れが市場の混乱や回復のペースの鈍化をもたらす可能性は小さくない。2010年後半には、国際的な政策協調を図るG20やポスト京都議定書の体制を議論するCOP16にも注目が集まるが、前向きな成果を挙げられるかは予断を許さない。保護主義的な動きが再び強まる可能性も否定できない。当面は、経済の回復基調と政治リスクが並存する状況を想定しておく必要があるだろう。


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