Works
三井物産戦略研究所WEBレポート
2007年12月14日アップ
2008年の世界経済展望−新たな秩序形成が視野に−
 トピックス:サブプライムローン問題のインプリケーション

米国の住宅市場の調整と金融ビジネス

 2007年の世界経済において、米国を震源地として世界中の金融市場、金融産業を揺るがしたサブプライムローンの問題の顕在化は、もっとも大きな出来事であったことは間違いないだろう。この問題は、03年からの世界経済の回復の大きな原動力となった米国の住宅ブームの反動と調整にともなって生じたものである。そして、このブームの局面で米国の金融ビジネスが展開した事業活動は、このブームを増幅し世界経済の回復に貢献したのと同時に、その反動としての現下の問題を深刻かつ複雑なものとする原因をも作ってしまったのである。
 問題の深刻化の原因となった金融ビジネスの活動として第一に指摘できるのは、支払い能力の低い消費者に対して、数年後の金利引き上げを前提に当初の金利負担を抑えた住宅ローンを提供することで、住宅購入を促したことである。住宅価格が上昇を続けている間は、その種のローンの借り手は、金利が引き上げられるまでに次々に新たなローンに借り換えることで、金利の引き上げを回避することが可能であった。そのため、支払い能力がきわめて低い消費者に対してもローンを提供したり、所得水準とは不釣合いな融資が実行される傾向が生じた。
 しかし、住宅価格が停滞しはじめた06年の後半から、ローンの借り換えが難しくなり、引き上げられた金利の負担に耐えられない債務者が急増した。この問題が大きくなってくると、ローンの仕組みを借り手にきちんと伝えていなかったり、融資の基準が極端に緩められていたりといった形で、住宅ローンを提供する企業が、事業と利益の拡大を目指して相当な無理を重ねていたことも明らかになってきた。
 第二には、そうして積み上げた住宅ローンを、束ねたり他の資産と組み合わせたりといった証券化の手法を使って、CDO(債務担保証券)などの金融商品を作り出し、国内外の投資化に広く販売してきたことが挙げられる。それによって、ハイ・リスク−ハイ・リターンを狙う投資家を受け皿としてリスクを分散させることで、住宅ローンを提供する企業は、さらに住宅ローン資産の拡大を追及できたのである。
 しかし、そうした金融商品に対して、住宅価格の全般的な下落の可能性を十分に織り込まない形で高い格付けが付与されたことで、内外の多数の投資家がそれと意識することなく、サブプライムローンのリスクを抱え込むことになってしまった。その結果、リスクの所在が不透明になり、リスクの存在が認識されるようになった07年8月以降、世界中の金融市場を大きく混乱させることになった。ただ、リスクの所在が次第に把握されてくると、複数の米国の大手金融機関が、“SIV(Structured Investment Vehicle)”と呼ばれる非連結ながら実質的には子会社である特殊な運用会社にサブプライムローンの証券化商品を売却することで、リスクの所在を一段と不鮮明にしていたことが判明し、当初考えられていたほどにはリスクは分散されておらず、米国の金融機関が大きな損失を被っていることが明らかになってきた。
 また、個々の金融商品においても、証券化の仕組みの複雑さのために、商品の内容が把握できなくなり、サブプライムローン債権の劣化以上に評価額を下げる状況が生まれている。そのため、一時的な現象であるにせよ、一説には3千億ドルとも言われるように、サブプライムローン自体の損害額を上回る規模の損失を投資家に与える可能性が生じてきている。


金融ビジネスの暴走と経済のダイナミズム

 サブプライムローンの問題から発した金融市場の混乱は、損害の所在と規模が明らかになることで、2008年後半には沈静化に向かう可能性が高い。政策的にも、金利の一時的な凍結など、借り手に対する包括的な救済策が打ち出され、ローン資産の劣化にも歯止めがかかるものと考えられる。
 この問題の一連の展開は、03年以降の世界経済の回復が、米国経済の活力と、金融ビジネスが提供したレバレッジに多くを負ったものであり、その影響は良きにつけ悪しきにつけ、現在の世界経済全体に及んでいることを改めて印象付けた。サブプライムローンに関連する米国の金融ビジネスの活動は、ローンの条件や審査の基準設定、証券化した商品の格付けや投資家への説明の仕方等、実地での運営やそれを規制するための制度や知見が不十分ななかで、利益至上主義を暴走させたことで生じた動きと言える。しかし、利益を追求する行動様式が、世界経済を動かす米国型のダイナミズムの源泉であることも間違いない。
 また、サブプライムローンとその証券化、金融商品化のスキームは、利益を前提としたビジネスの枠組みのなかで、貧しい人々にも住宅を取得する機会を提供する仕組みという側面もある。移民を中心とする数多くの貧困世帯を抱える米国の社会にとって、きわめて意義の大きい事業だと言えるだろう。米国においては、新しい事業や制度を導入する際には、まず実施してみて、問題が生じればそれを修正していくというプロセスが基本となっている。それは、米国が豊かさを実現し、社会を活性化させてきた仕組みの基本でもある。今回のサブプライムローンをめぐる混乱が、これまで幾度も繰り返されてきた、そのプロセスをたどることになるのかどうか。それは、米国社会の今後を見通すうえで、大きな焦点となるだろう。


総論
■2008年の世界経済展望−新たな秩序形成が視野に−
トピックス
■原油価格の展望


関連レポート

■緩やかな回復が続く米国経済
 (三井物産戦略研究所WEBレポート 2011年6月10日アップ)
■危機下の世界経済−反動としての「大きな政府」路線と国際協調への期待−
 (三井物産戦略研究所WEBレポート 2009年6月15日アップ)
■資本主義はどこへ向かうのか
 (The World Compass 2009年2月号掲載)
■世界金融危機の行方
 (読売isペリジー 2009年1月発行号掲載)
■2009年の世界経済展望−危機下で進む新秩序の模索−
 (三井物産戦略研究所WEBレポート 2008年12月12日アップ)
■2009年の米国経済
 (三井物産戦略研究所WEBレポート 2008年12月12日アップ)
■米国株価下落に見る世界金融危機−歴史的転換点を求める局面−
 (投資経済 2008年12月号掲載)
■世界の金融産業を変えるリーマン・ショック−サブプライム問題は最終局面へ−
 (投資経済 2008年11月号掲載)
■米国経済に潜むトリプル・スパイラルの罠
 (投資経済 2008年7月号掲載)
■サブプライム問題をどう見るか−証券化ビジネスの光と影−
 (読売ADリポートojo 2007年10月号掲載)
■サブプライム・ショックをどう見るか−金融市場の動揺と実体経済−
 (三井物産戦略研究所WEBレポート 2007年8月31日アップ)
■経済の安定と市場の不安定
 (三井物産戦略研究所WEBレポート 2007年8月7日アップ)
■世界経済の減速をどう見るか−安定化に向かうなかで漂う不安感−
 (読売ADリポートojo 2007年6月号掲載)
■新たな局面を迎えた米国経済
 (The World Compass 2006年7-8月号掲載)
■不良債権の悪循環−求められる新しい金融ビジネスの構築−
 (読売ADリポートojo2003年7-8月号掲載)
■新時代の金融システム−「良い構造改革」の先に飛躍の可能性−
 (読売ADリポートojo 2001年11月号掲載)
■リスクと金融システム−日本型金融システムの限界−
 (読売ADリポートojo 2001年10月号掲載)
■株式市場の未来の役割−SRIの成長で社会貢献の舞台にも−
 (読売ADリポートojo2001年4月号掲載)
■銀行の将来像−そこに未来はあるか−
 (読売ADリポートojo2000年6月号掲載)


Works総リスト
<< TOPページへ戻る
<< アンケートにご協力ください
Copyright(C)2003