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三井物産戦略研究所WEBレポート
2007年8月31日アップ
サブプライム・ショックをどう見るか−金融市場の動揺と実体経済−

 前回、8月7日アップのレポート「経済の安定と市場の不安定」では、世界経済が巡航速度に近づいていることで、金融市場はむしろ不安定化していると述べたが、同レポートをアップした直後、8月9日のBNPパリバ銀行傘下の三つのファンドの資金凍結を端緒として、大規模な世界同時株安が発生した。上記のレポートでは、市場の不安定さが実体経済の安定化に寄与していることにも触れたが、今回の金融市場の混乱を受けた展開も、その典型的なケースだと考えられる。そこで本稿では、今回の金融市場の混乱を例にとって、金融市場の動揺と実体経済の関係を改めて整理してみたい。


ショックの展開

 まずは、今回の金融市場の混乱の経緯について簡単に整理しておこう。背景となったのは、かねてより懸念されていた米国の住宅市場の調整と、その結果として生じてきていたサブプライムローン(信用度の低い住宅ローン債権)の不良債権化の進行である。サブプライムローンの問題は2006年後半あたりから指摘されてきたが、07年7月頃から、サブプライムローンを証券化した金融商品である「RMBS(住宅ローン担保証券)」や、それを複数束ねて商品化した「CDO(債務担保証券)」を組み入れたファンド、あるいはそれを購入していた金融機関が損害を公表しはじめていた。
 そして8月9日には、フランスの大手金融機関であるBNPパリバの傘下の三つのファンドが、「ファンドの資産価値を適正に評価できなくなったため」との理由で、応募と償還を一時凍結した。その影響で、金融機関全般に対する信用不安が高まり、欧州の短期金融市場で資金の出し手が不足する信用収縮が生じた。また、短期市場の混乱と、リスクを回避しようとする動きが多くの投資家に広がったことで欧州各国、米国、日本と、大幅な株価の下落が連鎖していった(図表1)。

図表1.サブプライム・ショック初期段階の各国株価指数の下落率

 さらに日本では、15日以降、膨らんでいた円キャリー取引(円建てで借りた資金を他の通貨建ての資産で運用する手法)を解消する動きが広がって円高が急速に進んだことで、株価の下落も一段と加速した。15日から17日までの3日間で、日経平均株価は9.3%下落している。
 世界の金融市場がこうした混乱をきたすなか、各国の金融当局は、次々と対応策を打ち出していった。まず、混乱の初日となった9日から、ECB(欧州中央銀行)をはじめ、FRB(米国連邦準備制度理事会)、日銀など、世界各国の中央銀行が短期市場に巨額の資金を供給していった。その総額は、ECBが4営業日で2,112億ユーロ、FRBが2営業日で620億ドル、日銀が2営業日で1兆6千億円に上った。また、17日にはFRBが緊急会合を開催し公定歩合を0.5%引き下げ、23日には日銀が利上げを見送ることを決めた。
 その後も、米国の住宅ローン事業を手掛ける企業の破綻や経営不振、さらには各国の金融機関、ファンドのサブプライム関連の損失が相次いで公表されている。しかし、一連の政策対応がひとまず効を奏した形で、世界の株式市場は、依然として不安定な状態ではあるものの、一方的に下落する局面は抜け出した。


証券化の功罪と米国の活力

 今回の金融市場の混乱の背景は、米国の住宅市場の調整であることは間違いない。しかし、その調整が再認識されたり、深刻化したりといったことが、市場の混乱を招いたわけではない。混乱の直接の原因は、BNPパリバ傘下の3ファンドの資金凍結を契機として、米国住宅市場の調整にともなう懸念材料の一つであったサブプライムローンが証券化され販売されていることで、その焦げ付きのリスクを誰がどれだけ負っているのか、まったく不透明であることが広く認識されたことにある。誰がリスクを負っているかが見えない状況で、金融取引と株式の需要が全面的に後退したのである。そうした状況をとらえて、住宅ローンをはじめとする各種の資産を証券化し、それを流通させることに対する危惧、反発の声も聞かれた。
 しかし、サブプライムローンというリスクの大きい資産を証券化し販売することで、そのリスクを国外の金融機関や投資家も含めた無数の経済主体に分散させることにもなっている。それによって、リスクが顕在化した際に、その損失が経済の枢要な一部に集中し経済全体を混乱させる可能性が大幅に低下している。その意義の大きさは、1990年代の日本のバブル崩壊で、損害が最終的には銀行セクターに集中したことで、金融システムの機能不全と経済全体の長期にわたる停滞を招いたことを考えれば、自ずと明らかだろう。言ってみれば、住宅ローンの証券化は、ミクロレベルでの不安感を増大させる一方で、マクロレベルでは経済全体の安定に寄与する働きがあったということだ。
 また、サブプライムローンとその証券化、金融商品化の仕組み自体が、利益を前提としたビジネスの枠組みのなかで、貧しい人々にも住宅を取得する機会を提供しようというものである。それは、移民を中心とする数多くの貧困層を抱える米国の社会にとって、きわめて有意義な事業であったと言えるだろう。
 とはいえ、その仕組みがリスクの所在の不透明さによって、今回のような大きな混乱を招いたことも、投資家に巨額の損失を与えたことも事実である。スキームの本質は有意義なものであっても、ローンの条件や審査の基準設定、証券化した商品の格付けや投資家への説明の仕方等、実地での運営やそれを規制するレベルで多くの問題点を抱えていることは間違いない。今後、事態が安定すれば、単純にサブプライムローンや証券化の仕組みをすべて否定するのではなく、新たな制度設計によって、サブプライムの市場を建て直そうという動きが活発化することが予想される。
 サブプライムローンの仕組みの再建に関しては、まだ議論がはじまったばかりの段階であるが、その展開は、米国と世界の経済の将来を見通すうえで、きわめて重要なポイントとなる。米国流の資本主義では、新しい事業は、まず実行してみて、問題があれば制度なり体制なりを修正するのが基本的なスタイルとなっている。近いところでは、エンロン事件の後のSOX法の制定なども、その一例と位置付けられる。そのプロセスが今回も機能するかどうかは、米国の経済、社会の根幹の部分の活力を試すものと言えるだろう。


今回も発動したスタビライザー機能

 今回の世界同時株安は、世界各地域の経済がそれぞれに持続可能な巡航速度の成長ペースに近付いてきた2006年以降でみると、06年春と07年2月末に次いで、3回目の現象ということになる(図表2、3)。

図表2.米国・ダウ平均株価の推移 図表3.日本・日経平均株価の推移
  • 2007年8月30日までのデータ
  • 同左

 前2回が長期金利や資源価格の上昇、中国経済の調整といった、現在の世界経済にとっての重大な不安要素を背景としていたのと同様、今回も、米国の住宅市場の調整という、目下の最大の不安要素が背景となっている。そして、前回のレポートで触れた、市場の混乱が結果として実体経済の安定に貢献する「スタビライザー機能」に関しては、今回は、前2回以上に明確な動きが見られている。
 一般に、株価の暴落などの市場の大きな変動は、金融取引を阻害したり、企業や消費者の不安感を高めたりといった経路で、実体経済にマイナスの影響を及ぼすものと考えられている。しかし、そうした認識が共有されているため、市場が大きく変動した場合には、他の市場がそれに適応する方向に動くのに加えて、政策当局が何らかの対応策を打ち出す場合が多い。その結果、市場の混乱が終息し実体経済へのマイナスの影響が回避されるのに加えて、市場や政策の動きが実体経済の安定化に貢献することにもなるわけだ。
 今回のケースでは、効果の大きさは未確認ながら、とくに政策対応の面で、典型的な形でスタビライザー機能が働いている。市場が混乱した際の政策としては、当面の混乱を沈静化させるための緊急避難的な政策と、混乱の原因となった要素を緩和させるための政策、さらには同様の事態を再発させないための政策の三つの次元での対応が考えられる。今回のケースで言えば、ECBなどによる市場への資金供給が緊急避難策、FRBの利下げが住宅市場の調整という混乱の原因を緩和させる政策に相当する。そして、まだ議論がはじまったばかりの段階であるが、リスクの所在を不透明にする金融商品の組成や格付け、流通の仕組みと規制の在り方を見直していくことが、再発防止策と位置付けられる。


依然として残るリスク

 以上のようなスタビライザー機能が発揮されたといっても、米国の住宅市場の調整という、実体経済が抱える大きな懸念材料が解消されたわけではない。改めて整理してみると、米国住宅市場の調整がもたらす経済へのネガティブな効果は大きく分けて三つある。
 第一には、住宅建設が低迷することによる直接的な需要の減速が挙げられる。この効果は、すでに2006年の半ばには本格的に顕在化している。米国のGDPの5〜6%を占める住宅投資は、四半期ベースで実質年率二桁の減少が続き、米国の実質成長率を1%ポイント程度押し下げてきた。ただ、今後、このマイナス幅が大きく拡大することは考えにくく、焦点は、この状態がいつまで続くのかに移ってきている。
 第二は、住宅価格の上昇が止まること、さらには下落に転じることで、消費者の購買力が低下し、個人消費が低迷することだ。米国の個人消費が好調を維持してきたのは、保有する住宅価格の上昇をあてこんで住宅担保の借り入れを増やし、それを消費に充てる動きが広まったことが一因であった。そのため、住宅価格が下落に転じた場合には、従来とは逆に借金を圧縮する必要が生じ、個人消費は相当抑制されると想定されている。そのインパクトについては、住宅価格の上昇ペースが従来並に減速すると経済成長率を1%程度押し下げる可能性があると考えられている。さらに、住宅価格が下落に転じると、マイナスのインパクトはさらに大きなものとなる可能性もある。
 しかし、07年前半までの段階では、米国の住宅価格は、必ずしも下落に転じてはいない。全米の既存住宅の価格の動きを示す主要な二つの指標のうち、S&Pが算出、公表しているケース・シラー全米住宅価格指数は、07年4-6月期、前年同期比で▲3.2%と低下したとの結果になっているが、公的な指標である連邦住宅公社監督局(OFHEO)作成の住宅価格指数の方は、04年後半から06年前半までの二桁の上昇からは減速しているものの、07年4-6月期にも前年同期比3.2%のプラスを維持している(図表4)。そうした状況下で、これまでのところ、住宅市場の調整が個人消費を低迷させる動きは目立っていない。住宅市場の調整にともなう個人消費の低迷は、依然として潜在的なリスクとして残されている。

図表4.米国の住宅価格指数の推移
  • 出所:連邦住宅事業監督局(OFHEO)、S&P
  • いずれも前年同期比伸び率の値

 そして第三は、今回の市場の混乱の原因となったサブプライムの問題に象徴される、住宅価格の下落にともなう住宅ローンの不良債権化である。住宅価格が下落すると、次々と低金利のローンに乗り換えて利払いを抑える手法が使えなくなり、延滞、デフォルトの割合が上昇するとともに、担保処分によって回収できる割合が低下する。06年末の時点で、米国の住宅ローン残高9兆ドルのうち、サブプライムローンは1.3兆ドルに達しているが、それが不良債権化することによる損害額については、FRBのバーナンキ議長が7月の議会証言で、500億ドルから1,000億ドルとの試算を紹介している。
 その額は、米国のGDPや株式の時価総額の1%程度に相当する額であり、決して小さくはないが、米国の経済にとって決定的な痛手となるような規模ではない。しかも、そのローンが証券化され、金融商品として販売されたりファンドに組み込まれたことで、国外の投資家や金融機関も含めてリスクが分散しており、それも経済全体が混乱する可能性を押し下げる形になっている。
 こう見てくると、今後の米国経済にとっての懸念材料は、第二に挙げた、個人消費への影響であると言えるだろう。市場のスタビライザー機能によって金融政策が若干緩和されたことは、そのリスクを緩和させる材料ではあるが、その効果は限定的なものだと考えられる。金融緩和によって一部の過度に上昇した住宅価格を維持させることは困難であるし、それを目指すことは経済に大きな歪みを生じさせることにもなる。これらの点は、今回の市場の混乱の前と後で、とくに変わったわけではない。米国経済、そして世界経済は、米国の住宅市場の調整というリスクを意識せざるを得ない状況が続いている。


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