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三井物産戦略研究所WEBレポート
2011年6月10日アップ
2011年後半の世界経済展望−回復の持続と高まるインフレ懸念−

緩やかな回復の持続

 2011年前半の世界経済は、欧州周辺国の財政・金融問題の持続に加えて、中東・北アフリカ諸国における政情不安の深刻化や東日本大震災といった歴史的な大事件を経験したものの、前年までの流れを引き継いで、緩やかな回復基調を維持した。
 今回の回復局面を主導してきた新興国では、二桁近い高成長が続く中国をはじめ、多くの国・地域が順調な拡大を続けている。一方、先進国では、実質GDPが金融危機以前の水準を超えた米国においては、1−3月期の実質成長率は前期を下回ったものの、回復の遅れが懸念されていた雇用情勢については、雇用者数の堅調な増加にともなって失業率が低下している。欧州経済も、ドイツと周辺国の格差の拡大という懸念材料をともないながらも全体としては緩やかながら回復基調を維持している。
 こうした状況下で発生した東日本大震災は、世界のGDPの1割近くを占める日本経済を落ち込ませただけでなく、一部の素材や部品の供給を滞らせたことで、世界各地の生産活動をも阻害した。しかし、供給体制の再構築は順調に進んできており、今回の震災が世界経済に与える直接的なインパクトは限定的なものに止まっている。

米国、EU、日本の実質GDPの推移 米国、EU、日本の失業率の推移
  • 直近のピークからの乖離率の推移を掲載
  • 日本の2011年3月、4月は岩手、宮城、福島を除いた値


インフレ懸念の顕在化

 新興国経済の拡大が続き、先進国経済の足取りがしっかりしてくるなか、インフレの問題が一段と重い課題になってきている。回復局面から拡大局面へと移行してきた新興国では、2010年の段階でインフレへの対応が経済政策の主要テーマとなっていたが、2011年に入ると、回復の途上にある先進国においても、インフレの問題が顕在化してきている。その背景としては、世界経済の回復感の高まりに中東・北アフリカ情勢の深刻化が加わり、原油価格が上昇したことが挙げられる。5月にはそれまでの急騰からの調整で下落しているが、年初に比べると依然として高水準にある。
 新興国においては、成長途上で供給余力が小さいためにインフレが慢性化しやすいことに加えて、国民の所得水準が低いため、インフレが社会不安や国民の政府に対する不満に直結する傾向が強い。そのため、多くの新興国の政府にとって、インフレの抑止は、現時点での最重要課題の一つと位置付けられており、金融の引き締めをはじめ、さまざまな政策対応が実施されている。
 先進国においても、インフレの高まりは、深刻な問題を生じさせている。とくに、財政・金融問題を抱えて回復力の鈍い欧州では、牽引役を担うドイツのインフレ率が高まったことで、4月にはECBが利上げに踏み切らざるを得なくなり、周辺国の回復力を一段と削ぐ形となっており、今後の大きな不安材料となっている。

主要国・地域のインフレ率の推移 原油価格(WTI)の推移
  • CPI総合の前年同月比
  • 米・日は季調値、EU・中国は未季調値を使用


引き続き各国の政策展開がカギ

 2011年後半から2012年に向けて、世界経済は引き続きさまざまな課題や不安要素を抱え、それらに足を取られながらも、回復基調を維持する可能性が高い。ただし、今後はインフレの問題が、景気が過熱気味になってきている新興諸国はもちろん、財政再建と景気維持の両立という難題に直面している先進諸国においても、頼みの綱であった金融緩和策も含めて、経済政策の手足を縛る制約要因となる。そのため、今後の世界経済の回復ペースは、引き続き緩やかなものに止まるものと考えられる。
 また地域的な問題としては、欧州周辺国の財政・金融問題が、世界経済にとって最大の抑制要因かつリスクファクターである構図に変わりはないだろう。2011年5月には、EUとIMFによるポルトガル支援が決まり、大きな混乱を招くことはなかったが、既に支援を受けたギリシャやアイルランドと同様、問題の根源である財政危機の構図は解消されていない。問題の解消に向けては、各国の財政の引き締めと経済基盤の強化によって長期にわたって持続的、漸進的に取り組んでいくほかない。その過程では、欧州においては、各国内あるいは国家間の政治的な摩擦や市場の混乱が繰り返され、回復ペースも鈍い状態が続くことが想定される。
 2011年に入って新たに浮上したリスクファクターとしては、中東・北アフリカ地域における民主化の動きの激化と広がりが挙げられる。この地域の政治情勢は、長年の懸案であるパレスチナ問題や、イランと先進諸国との関係、イラクやアフガニスタンの治安回復、国際的なテロ組織の活動など、さまざまな問題と連動している。経済の面でも、既に原油価格の一段の高騰という形で、インフレの脅威が高まってきた世界経済に、直接的かつ甚大な影響を及ぼしてきている。加えて、この地域の政情の安定化のために米国や欧州諸国が軍事面も含めて関与を強めているコストは各国の財政的な負担となり、経済政策の展開を制約する要因となりつつある。また、経済の不振や格差の拡大を背景とする国民の不満が長年にわたる独裁政権を危機に陥らせている状況は、中国やロシアを含む他地域の非民主的な政権の政策展開に何らかの変化を生じさせる可能性もあり、そのあたりも今後の要注目点と言えるだろう。
 ここで挙げた、財政・金融政策にしても、欧州の周辺国支援や中東・北アフリカ情勢への関わり方にしても、各国の、そして国際的な政策展開が大きなカギとなる。金融危機以降、世界経済を展望するうえで、政治と政策に注目していくことの重要性が高まったが、その構図は今後も変わりはないだろう。


トピックス
■緩やかな回復が続く米国経済


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