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三井物産戦略研究所WEBレポート
2012年3月13日アップ
新たな発展ステージに向かう世界経済−期待される三つの飛躍−

世界経済の17年周期の律動

 20世紀後半の米国の株価の推移を見ると、ほぼ17年のサイクルで周期的に、急激に上昇している時期と、ほぼ横ばいで停滞している時期が繰り返されていることに気付く(下図)。このサイクルは、米国経済自体はもちろん、産業や技術、経済システムなどさまざまな面で米国がリードしてきた、この時代の世界経済全体の発展と停滞の局面転換とも符合している。この局面転換のメカニズムを読み解くことは、停滞の続く今日の世界経済が、再び活力を取り戻すための条件を探ることにもつながってくる。

米国ダウ平均株価の推移

 1950年代から60年代にかけての米国の株価の急進と70年代の停滞は、経済システムにおける、いわゆる「大きな政府」の路線の成功と、その弊害の蔓延を反映したものと理解できる。1929年からの大恐慌に至る、草創期の資本主義における経済と社会の混乱を受けて生み出されたのが、社会保障制度の整備によって貧困と格差の問題を緩和しようとする「社会民主主義」と、財政政策と金融政策の組み合わせで極端な景気の変動の回避を目指す「ケインズ主義」を二本柱とする「大きな政府」の路線であった。この路線は、米国や西欧諸国、日本といった西側先進諸国に共通するものであったが、1950年代から60年代にかけての米国の株価の急進は、その路線の成功の反映と言える。しかし、1970年代になると、人々のモチベーションの低下や、非効率の蓄積、マクロレベルではインフレ体質の定着など、多くの国で「大きな政府」の弊害が鮮明になり、世界経済は活力を喪失し米国の株価は停滞した。
 そうした「大きな政府」の弊害の是正策とされたのが、新自由主義の立場で市場メカニズムを重視し、政府による規制を排除することで個人や企業のモチベーションを高めていこうという「小さな政府」の路線であった。米国のレーガノミクス、英国のサッチャリズムに象徴されるその路線は、世界経済を再び活性化させ、1980年代から90年代の米国株価の急進をもたらした。しかし、資本主義の草創期への回帰という側面も持つ「小さな政府」の路線は、草創期と同様、市場原理と競争原理を過度に重視し規制緩和を進めた結果、相次ぐバブルの膨張と崩壊にともなう経済の不安定化や、貧富の格差の拡大、環境破壊といった弊害をもたらした。加えて「グローバル・スタンダード」という表現で市場原理や競争原理を世界中に浸透させたことで、国や地域に固有の文化、価値規範を軽視する傾向が生じ、それに反発する人々と、経済発展に取り残された人々を中心とする国際的なテロの横行にもつながった。
 このような経済システムの面での路線転換に加えて、産業・技術面での変革も、20世紀の世界経済の発展と停滞に大きく関わっている。1950年代、60年代の発展ステージには、中東での低コスト油田の開発にともなうエネルギー源のシフトが、自動車や家電の普及と関連産業がリードする経済成長をもたらした。しかし1970年代に入ると、その流れは、先進国における耐久財の普及の一巡、加えて石油危機の発生によって打ち切られ、世界経済の停滞の一因となった。
 また1980年代、90年代の発展ステージでは、IT革命が幅広い領域で経済活動を活性化させ、ITを背景とした金融技術の革新がその効果を増幅した。しかし2000年代に入ると、ITバブルの崩壊が米国をはじめとする先進国経済の停滞と株価の停滞の端緒となり、さらにはサブプライム問題で金融技術の欠陥が露呈したことで、「大恐慌以来」とまで称された経済の混乱を生じさせたのである。


新たな発展ステージへの「飛躍」

 現在の世界経済の危機的な状況を考えると、世界が近時の停滞を抜け出し、新たな発展ステージに入るには、経済システムと産業・技術の両面で、相当な飛躍が必要になるだろう。  現段階で想定される飛躍としては、第一に、先進国を中心とする「小さな政府」路線の修正、あるいは路線転換が挙げられる。それは、「小さな政府」と「大きな政府」のいずれにも偏らず、規制と自由、計画と競争の間でバランスをとった、いわば「節度ある政府」の路線への転換である。米国のオバマ大統領は、就任演説で「大きな政府か小さな政府かではない。問題は政府が機能するか否かだ」と述べたが、この考え方は「節度ある政府」の路線に通じるものと言える。オバマ政権は、環境分野をはじめとする新しい産業の発展を政府が支援する方針や、医療制度改革などによるセーフティーネットの拡充、金融産業に対する規制強化など、それまでの、「小さ過ぎる政府」の路線からの軌道修正となる政策を次々と打ち出してきた。それと同様の動きは欧州諸国や日本、中国などでも生じているが、その一方で、米国の保守層による「茶会党運動」のような極端なものも含めて、政府の肥大化を懸念する声も、世界各地で高まっている。こうした、相反するベクトルが重なることで、「節度ある政府」の路線は、世界的な時代潮流になっていくものと考えられる。
 ただし、「節度ある政府」の路線が実現したとしても、経済が成熟した先進国の経済成長が世界の経済発展の主力になるとは考え難い。むしろ次の発展ステージにおいては、中国、インドの両人口大国をはじめとする新興国が成長エンジンとなることが想定される。これからの新興国は、20世紀に先進国が経験したような、自動車をはじめとする耐久財の普及、住宅やインフラの拡充、都市開発等の動きを主軸とする発展を後追いするものと考えられるが、その過程では間違いなくエネルギーや食料、水といった資源の供給不安と環境問題が制約要因となる。新興国が世界の成長エンジンとなるためには、それらの問題を突破するための産業的、技術的なイノベーションが不可欠であり、それが、新たな発展ステージに向けた第二の飛躍と位置付けられる。その関連では既に、シェールガス等の非在来型資源や再生可能エネルギーの開発、バイオマスや都市鉱山を含む工業原料の多様化、スマートグリッドに象徴される省エネルギー、省資源へのITの活用など、大きな飛躍につながる可能性を持った多様な展開が動きはじめている。


不透明な第三の飛躍

 各国の経済システムにおける路線転換と、産業・技術における資源・環境制約突破のためのイノベーションという二つの飛躍が実現しても、世界全体が新たな発展ステージに入るためには、もう一つ重要な要件がある。それは、国家間の政策協調に関わるものだ。
 次の発展ステージにおいては新興国が成長エンジンとなるが、先進国の企業や個人は、新興国の成長を助け、その対価として新興国の活力を取り込むことで発展の輪に加わることが想定される。しかし、各国間、取り分け先進国と新興国の間で協調関係が構築されない場合には、発展どころか、資源の争奪にともなう対立の激化や、保護貿易的な政策による世界経済全体の活力の低下といった事態を招きかねない。消費者や労働者の保護策、あるいは環境維持のための産業規制も、各国の協調を欠く場合には、効果が限定されるばかりでなく、導入した国の企業の国際競争力を減退させることにもなる。
 こうした事態を回避して、世界全体が次の発展ステージに向かううえでは、国際的な政策協調を実現していくための枠組みが必要になる。従来は、国連やWTOがその舞台となっていたが、近年では、中国、ロシアといった国家資本主義的な色彩の強い国の影響力の高まりと、それにともなう米国の影響力の相対的な低下によって、国際的な合意形成の場としては機能の低下が著しい。2011年までの段階では、保護主義的な動きや先進国と新興国の対立の方が目立っている。国連やWTOなどの既存の枠組みに代わる、あるいはそれを補完する新たな枠組みとしては、2010年からのG20首脳会議の定期化や、TPPなどの広域FTAの試みに可能性を見出すことができるが、いまだ萌芽の段階を脱してはいない。
 それに比べて、各国の経済システムにおける路線転換と、資源・環境制約の突破に向けた産業・技術におけるイノベーションについては、方向性は見えてきている。しかし、それらも決して一直線に実現に向かうとは考えられない。経済が停滞するなか、各国の政権は求心力を失い大胆な政策を打ち出せない状況にある。また金融危機にともなう世界的なリスクマネーの減退は、新しい技術の開発や産業の創出の阻害要因となっている。経済システムと産業・技術、国際協調の三つの面での飛躍が重なれば、世界は、新興国がリードし総人口の相当な部分が参加するという点で、従来とは異質の発展ステージを迎えることになるが、その実現に向けたハードルは、きわめて高い。現下の危機をバネにしてそれを乗り越えていけるか。世界は正念場を迎えている。


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