Works
三井物産戦略研究所WEBレポート
2011年3月18日アップ
2010年代の世界の動きと産業の行方

 2009年後半以降、世界経済はさまざまな障害に直面したものの、緩やかな回復基調を維持してきた。その過程では、世界の産業セクターに大きな影響を及ぼすと想定される時代潮流も鮮明になってきている。ここでは、この先の10年程度の期間を視野に入れて、2010年代の時代潮流と産業セクターの関係を整理してみたい。


先進国の成熟化と新興国の躍進

 2010年代の時代潮流として第一に挙げられるのは、先進国経済の成熟化と新興国の躍進という対照の明確化である。この構図は、2009年からの今回の回復局面でも鮮明になっているが、経済が成熟化した先進国では、今後も成長ペースは緩やかなものにとどまる可能性が高い。それに対して新興国経済は、一時的に減速する可能性はあるが、未成熟さゆえの成長力は維持され、中長期的には高成長を続けることが想定される。
 こうした流れのなかで、多くの先進国企業が、事業の軸足を新興国に移してきている。同時に、新興国の企業は、自国市場の成長を追い風にして急速に台頭しつつある。新興国企業は既に、機械の組み立てや繊維製品などの労働集約的な産業分野では、自国内の低廉な労働力を武器に、世界の市場を席巻してきたが、これまでの段階では、高付加価値製品は先進国企業、低価格品は新興国企業という大まかな棲み分けが成立していた。しかし今後は、新興国でも賃金上昇が進み労働コストの面での差異が縮小する一方で、技術面や経営体制の面でのキャッチアップが進むことで、従来の棲み分けの構図が崩れ、先進国企業と新興国企業が、より近い立ち位置で競い合う本格的なグローバル競争の時代に向かうことが予想される。
 近年、多くの産業において、競争力強化のため、事業を整理して優位性のある事業分野に集約したり、同業者間、あるいは異業種企業との提携関係の構築、さらには事業統合や合併に踏み切ったりといった動きが目立ってきている。それらの動きは、グローバル競争の本格化にともなって一段と加速するだろう。とくに、先進国企業と新興国企業、さらには新興国企業間の合従連衡の動きは、世界の産業地図を塗り替える原動力となっていくものと考えられる。また、グローバル競争が本格化するなかで、多くの企業が事業拠点の配置を見直し、その結果として、世界規模での産業立地の再編が加速する可能性もある。

■参考レポート:2010年の世界経済地図


政府のプレゼンスの拡大

 第二の潮流は、政府のプレゼンスの拡大である。2008年終盤からの世界経済危機の背景には、それまでの約30年間に、世界的に「小さな政府」が志向され、規制緩和が過度に進んだことがあったと考えられている。その反省から、適切な規制によって企業活動に対する政府の関与を強めていく流れが生じてきている。もちろん、過度の規制が産業の活力を削ぐことは十分に認識されているため、規制強化や「大きな政府」の方向に極端に振れることは考え難いが、企業活動が規制や政府の関与に左右される度合いは、これまでに比べて大きくなることは覚悟しておく必要があるだろう。
 また、現時点で有望視されている産業領域の多くが、成長の前提として政策的な枠組みの構築、見直しを必要としているという面もある。とくに経済が成熟化し、多くの市場が飽和している先進国で、成長余地が大きいと考えられる環境、健康、安全・安心といった領域は、いずれも公共財の性格が強い。これらの領域で産業が発展していくうえでは、政策的な支援や規制の導入・強化が不可欠である。
 一方、経済が未成熟な新興国においては、自由な消費活動と生産活動が経済成長の主力となるが、その土台となるインフラの整備も喫緊の課題となっており、政策が産業を左右する度合いは先進国と同様に大きいと言えるだろう。新興国のインフラ需要をめぐっては、先進国の企業が自国の政府と連携する形で積極的に取り込みを図っており、需要と供給の両サイドで、政府の関与が強まる構図になっている。

■参考レポート:危機下の世界経済−反動としての「大きな政府」路線と国際協調への期待−


低炭素化の進行

 第三の潮流は、低炭素化の進行である。世界各国が、気候変動問題への対応として進めるCO2排出抑制策の展開が圧力となるが、その度合いは、ポスト京都議定書の枠組み次第で変わってくる。ただ、政策効果が不十分で、世界規模での低炭素化が進まない場合にも、新興国の需要増を受けて化石燃料価格が高騰し、それにともなって世界の経済成長が停滞することで、結果的に化石燃料の需要は抑制されることになる。政策が不十分でも、低炭素化は進行するということだ。もちろん、世界経済の停滞の結果としてではなく、政策的に低炭素化を進めていくシナリオの方が望ましいことは言うまでもないが、現実的には、各国の政策と化石燃料価格の上昇の両方が圧力になると考えておくべきだろう。
 低炭素化の潮流は、世界のあらゆる国、地域で進行することが想定されるが、産業別に見ても、その影響はきわめて多方面に及ぶことになる。石油・石炭産業はもちろん、再生可能エネルギーへのシフトを迫られる電力産業や、エコカーへのシフトが見込まれる自動車産業、コスト増にともなうモーダルシフトが予想される運輸産業などは、とくに大きなインパクトを受ける可能性が高い。さらに、輸送コストの上昇の程度によっては、産業立地の再編の展開にも影響が及ぶものと考えられる。

■参考レポート:低炭素化のリアリティ−資源と環境、二つの難題への共通解−

産業間の境界の流動化と産業分野別の動向

 以上の三つの時代潮流の影響に加えて、それぞれの産業に起因する潮流も存在する。ただ、産業ごとの潮流は、複数の産業間で重なり合うケースが少なくない。それは、産業セクターのさまざまな部分で、産業間の境界が流動化してきており、隣接する産業の融合や、新たな産業区分の形成といった動きが想定されるためだ。たとえば、電気機械産業がEVの主要部品である電池やモーター、さらにはEV自体を生産し、自動車産業に参入してくる動きや、スマートグリッドの導入で電力と通信のネットワークが融合する流れは、既に現実のものとなりつつある。原料・燃料の価格体系の変化と省エネ対応で、各種の製品で素材転換の動きが生じ、金属産業と化学産業、繊維産業などが同じマーケットで競合する状況が増えてくる可能性もある。
 下の表は、こうした動きを踏まえて、融合や新たな競合が発生すると想定される産業をまとめる形で産業分野を設定し(下注参照)、分野ごとに予想される変化を概観したものである。こうして分野ごとに見ても、2010年代に進行する世界の産業の変容は、相当にドラスティックなものになる可能性が高い。これからの世界の産業の展開を把握するうえでは、経済全体を動かす時代潮流と個々の産業、あるいはその集合としての産業分野の潮流を複合的に見ていくことが求められる。

注:いずれの産業も、ここで挙げた産業分野のいずれか一つではなく、複数の分野に属する形になっている。たとえば自動車産業は機械分野であると同時に、乗用車の部分は生活分野にも属しているし、農業は、食品や繊維製品の原料を供給する資源分野であると同時に、消費財を生産する生活分野でもある。

産業分野別の展望
資源・エネルギー分野
  • 低炭素化を実現するための省エネルギーと、化石燃料から再生可能エネルギーへの転換が進行
  • 新興国を中心に化石燃料の需要は底堅く、資源の争奪・囲い込みが激化する可能性が大
  • 各国の政策および国家間の関係といった政治的なファクターに左右される度合いが一段と拡大
  • 「都市鉱山」に象徴される資源リサイクルの事業も成長分野に
  • 農林水産業では、資源供給産業としてだけではなく、娯楽性、文化性、教育性を活かした展開も
素材分野
  • 低炭素化の潮流やニーズの高度化を受けて、軽量化、強靭化等、機能強化した新素材の要請が拡大
  • 金属系、化学系、土石系(ガラス、セラミックス等)、繊維系等での新素材開発の進行を受けて、機械、アパレル、建設等、さまざまな領域で用途と素材の関係が変化する「素材転換」が生じる可能性
  • 新たな用途、市場を獲得する素材を生産する産業・企業が急成長する一方で、用途と市場を奪われる素材を生産している産業・企業は後退し苦境に立たされる可能性も
機械分野
  • 新興国で各種耐久消費財の普及が急速に進む一方、先進国では更新需要が中心
  • 製品と生産プロセスの両面での低炭素化対応が競争力のカギに
  • EVの本格普及にともなう自動車の「家電化」で機械産業全体のマップが大幅に書き換わる可能性も
  • 業務用に続いて家電や自動車でも「販売からリース、レンタルへ」「所有から利用へ」の流れを想定
インフラ・建設分野
  • 人口動態の変化(増加、減少、集中、移動等)、ニーズの高度化、低炭素化といった潮流に対応するために、都市や産業立地の再配置各種インフラの強化・拡充を迫られるケースが増加
  • 新興国では経済発展の本格化にともない、通信、輸送、水、エネルギー等の産業インフラに加え、交通、住宅等の生活インフラの整備が加速する一方、先進国では老朽化にともなう更新需要が拡大
運輸・物流分野
  • 化石燃料価格の上昇にともなう輸送コスト体系の変化を受けて、物流では自動車輸送から鉄道、海運へのモーダルシフト、個人の移動においては自家用車から公共交通機関へのシフトが進行
  • 多頻度配送の見直しや、混載輸送の拡充など、輸送効率の改善を目指した試みが増加する可能性
  • 輸送コストの上昇にともない、運輸業や卸売業では、輸送手段の提供や輸送サービスに加えて、物流最適化を実現させるソリューション・プロバイダー的な役割が重要な事業領域に
情報・メディア・通信分野
  • コンテンツ、ソフトをはじめとする情報創造型産業への期待
  • 低炭素化に向けたエネルギー分野での活用(スマートグリッド)や、交通・輸送、医療、教育、セキュリティ等、各種のサービス、社会システムの高度化、効率化のための基盤技術の提供
生活分野
  • 先進国では、新市場創出においても、既存市場の活性化においても、ニーズの残る「環境」「健康」「安全・安心」「娯楽」「文化・教育」がキーワードに
  • 典型的な成熟市場ながら、上記のニーズが重なる「食」の分野にも要注目
  • 新興国では、当面は先進国を後追いする形で、住宅や耐久消費財の普及嗜好品・サービスの消費拡大が急速に進行することを想定
  • 途上国では衣・食・住および医療、教育、治安といった基礎的なニーズの充足が喫緊の課題だが、基礎的な機能をきわめて低いコストで実現する「BOPビジネス」にも注目


関連レポート

■国家間経済格差の縮小と産業の力
 (三井物産戦略研究所WEBレポート 2014年2月17日アップ)
■世界経済の成長の構図−「新興国主導」の実相−
 (三井物産戦略研究所WEBレポート 2012年12月18日アップ)
■震災と向き合って−「復興後」をめぐる論点整理−
 (三井物産戦略研究所WEBレポート 2011年4月15日アップ)
■世界経済の構造転換と新興国の牽引力
 (三井物産戦略研究所WEBレポート 2010年6月11日アップ)
■2010年の世界経済地図
 (読売isペリジー 2010年4月発行号掲載)
■新興国経済の成長力
 (三井物産戦略研究所WEBレポート 2010年3月8日アップ)
■2010年の世界経済展望−見えてきた金融危機後の世界−
 (三井物産戦略研究所WEBレポート 2009年12月10日アップ)
■「CO2排出25%削減」達成のシナリオ−「低炭素化」で経済・産業を活性化させるために−
 (三井物産戦略研究所WEBレポート 2009年12月15日アップ)
■気候変動問題と「低炭素化」の潮流
 (読売isペリジー 2009年10月発行号掲載)
■危機下の世界経済−反動としての「大きな政府」路線と国際協調への期待−
 (三井物産戦略研究所WEBレポート 2009年6月15日アップ)
■資本主義はどこへ向かうのか
 (The World Compass 2009年2月号掲載)
■低炭素化のリアリティ−資源と環境、二つの難題への共通解−
 (The World Compass 2008年9月号掲載)
■労働生産性から見る日本産業の現状
 (The World Compass 2008年7-8月号掲載)
■日本産業の方向性−集中と拡散がうながす経済の活性化−
 (The World Compass 2008年2月号掲載)
■消費の行方−市場は「心」の領域へ−
 (ダイヤモンド・ホームセンター 2007年4-5月号掲載)
■日本経済「成熟期」の迎え方−新局面で求められる「常識」の転換−
 (読売ADリポートojo 2006年4月号掲載)
■「豊かさ」と「活力」と−成熟化経済と人口大国の行方−
 (The World Compass 2006年2月号掲載)
■人口動態と産業構造
 (The World Compass 2005年7-8月号掲載)
■歴史から見る次世代産業−第四次産業としての「創造産業」−
 (読売ADリポートojo2005年7-8月号掲載)
■経済の活力をどう確保するか−世界に広がる「貧困エンジン」のメカニズム−
 (読売ADリポートojo2003年12月号掲載)


Works総リスト
<< TOPページへ戻る
<< アンケートにご協力ください
Copyright(C)2003