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読売isペリジー 2009年10月発行号掲載
連載「経済、最初の一歩」第4回
気候変動問題と「低炭素化」の潮流

 21世紀に入って中国やインドなどの新興国の経済発展が本格化したことで、環境問題、とくに経済活動にともなう二酸化炭素(CO2)の排出量の増加による地球規模の気候変動の問題への懸念が高まっています。この問題に対しては、世界の多くの国、地域でさまざまな形での対応がスタートしています。今回は、この気候変動の問題と経済との関係に焦点をあててみましょう。


資源と環境の共通解としての「低炭素化」

 人々の経済活動にともなって排出されるCO2をはじめとするいくつかのガスの濃度が高まることで、地球規模で温暖化が進み、その影響で各地の気候パターンが変化したり、大雨や旱魃などの異常気象が頻発したりといった問題が生じる可能性は、1980年代末には既に指摘されていました。その懸念は次第に世界的に共有され、1997年には多くの国が排出する温室効果ガスの削減量を約束しあう京都議定書が締結され、後に米国は離脱しましたが、それ以外の先進国では、2008年から2012年までの温室効果ガスの排出が制限されることになりました。
 ですが21世紀に入ると、中国やインドなどの新興国の経済発展が本格化しCO2排出量の急増が見込まれるようになったことで、気候変動の懸念は一段と高まり、一般にも広く認識されるようになりました。そこで注目を集めたのが、CO2の排出や、その原因である化石燃料の利用を抑制した社会を指す「低炭素社会」という言葉です。この言葉自体は、定量的な定義や明確な要件があるわけではなく、一種のスローガンに過ぎません。ですが、この言葉で象徴されるCO2の排出と化石燃料の利用の抑制という方向性、いわば「低炭素化」の潮流が、これからの世界できわめて重要な意味を持つことは間違いありません。
 低炭素化の方向性は、気候変動問題に対してだけではなく、化石燃料資源の供給不安という、もう一つの大きな問題への解決策でもあります。新興国の経済発展は、石油や天然ガスの需要の拡大につながりますが、それらの供給には限界がありますし、中東などの政治的に不安定な地域に資源が偏在していることも不安材料です。したがって、世界全体として低炭素化を進めていくことは、地球規模の気候変動と化石燃料の供給不安という、現在の世界が抱える二つの難題に対する共通解ということになるわけです。


三つの原動力

 低炭素化に向けては、国際的な協調に基づいて、CO2の排出や化石燃料の消費への規制を強化していくことが期待されます。ですが、2009年の時点では、京都議定書は発効しているものの、低炭素化の義務を負っている国は日本や欧州など一部に限られており、それを推進するための規制の圧力は限定的なものに止まっています。そうした状況下で、規制の強化に代わって先行的に低炭素化への原動力となったのは、石油をはじめとする化石燃料価格の高騰というファクターでした。2004年頃から、新興国の経済発展を背景とする化石燃料の供給不安の高まりを受けて進んだ原油や天然ガスの価格の高騰は、それを利用するコストを上昇させることで、世界中の企業や個人に低炭素化を促す圧力になったのです。
 さらに、2008年秋に起きた世界金融危機が、低炭素化を大きく加速させる契機になりつつあります。金融危機が発生した当初は、各国の環境問題への対応は後回しにされるとの見方が強まるとともに、化石燃料価格も下落し、低炭素化の潮流は後退するかに思えました。ですが実際には、急速な景気後退への対応と気候変動問題への対応を融合させる政策が世界各国で打ち出されました。太陽光や風力などの低炭素型電源や、ハイブリッド、EV(電気自動車)などの環境対応車、省エネ性能の高い家電製品の開発と普及のために巨額の補助金が投入されることになったことで、低炭素化の潮流は一気に加速しようとしています。低炭素化に向けて、規制強化、資源価格高騰に加えて、補助金の投入という第三の原動力が加わってきたのです。
 とはいえ、政府が出す補助金については、各国の財政状況を考えると、その額にも期間にも限界があります。また、資源価格高騰についても、世界各国から一部の資源輸出国、それも日・米・欧の先進諸国とは価値観も経済体制も違うロシアや中東諸国に、毎年数兆ドル規模の資金が移転することが想定され、そちらも望ましいシナリオとは言えません。そう考えると、中長期的には、京都議定書のような国際的な協調の枠組みを世界全体に広げて、それに基づいて、個々の企業や個人の化石燃料消費やCO2排出の上限を定めたり、税金を課したりといった形で規制を強化していくシナリオが望ましいと言えそうです。


焦点は国際協調の展開

 国際的な協調の枠組みを構築するうえで問題となるのは、低炭素化のためのコストを、誰がどのような形で負担するかが容易には決まらないという点です。低炭素化のコストとしては、まず、省エネルギー、代替エネルギーの技術開発や、それを実際の経済活動に導入していくための直接的なコストがあります。これは、新たな産業や事業機会を生み出すための投資という側面もあるので、まったくのマイナスということにはなりませんが、CO2の排出抑制を義務付けられた国、企業は、義務付けられていないライバルに比べてコスト競争上のハンディを負うことになります。また、社会全体としては、経済成長を犠牲にするという間接的なコストも想定されます。省エネルギーの技術や代替エネルギーを導入していくペースが十分でない場合、低炭素化を進めるためには、経済活動の抑制によって化石燃料の消費を抑えることが必要になるからです。
 これらのコストは個々の国家や企業、個人が直接、間接に負担することになりますが、気候変動の回避や化石燃料の供給制約の緩和といった低炭素化のメリットは、それに貢献しないものも含めて、すべての国、企業、個人が享受できます。そのため、それぞれの利益の観点からは、自分ではコストを負担しないで、他の国や企業、個人がコストを負担して低炭素化を進めてくれることが望ましいシナリオになります。低炭素化に向けた国際的な枠組みの構築がいつも難航するのは、こうした構図があるためです。
 また、公害病の問題のように加害者と被害者の関係が明確な従来型の環境問題と違って、気候変動問題では、あらゆる経済活動で排出されるCO2が原因であるため、すべての企業と個人が、加害者であり被害者であるという形になっています。これも、低炭素化のコストを誰が負担すべきかの議論を難しくする一因と言えるでしょう。
 ただ、気候変動は温室効果ガスの排出の累積によって生じるため、過去に大量の温室効果ガスを排出してきた先進国が加害者の面が強く、新興国や発展途上国は被害者の面が強いという認識は世界的に共有されています。そのため、先進国の方が大きな削減目標を立てて、より大きなコストを負担することもコンセンサスとなっています。ですが現時点では、代表格の中国が世界最大のCO2排出国となっているのをはじめ、新興国のCO2排出量も相当な規模になっています。将来のことを考えると、義務や目標として明示するかどうかはともかく、新興国の側にも低炭素化に向けた努力をしてもらうことは不可欠です。そして、その約束を取り付けるには、先進国は、これまでに掲げている以上の負担を約束することが必要になるでしょう。
 そうしたなか日本では、民主党新政権が1990年比25%削減という野心的な目標を打ち出しました。その実現は容易ではありませんが、この目標の表明自体が、低炭素化に向けた国際的な交渉の加速要因になるとの観測もあります。日本の動きに世界の注目が集まってきています。


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