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読売ADリポートojo 2005年1-2月号掲載
連載「経済を読み解く」第54回
2005年の世界地図−混沌のなかから浮かび上がる新しい構図−

 新しい年を迎えても、潜在的なテロの脅威、イラクの混乱、アラファト前PLO(パレスチナ解放機構)議長亡き後の中東和平の行方、イランと北朝鮮の核開発問題など、世界には先行きの見えない不透明なファクターが山積している。ただ、2004年には、最大の不透明要素の一つが解消された。国際情勢の台風の目ともいえる米国の、大統領選挙の決着である。05年の世界の動きを占うには、ひとまずは、ここから出発するのが良いだろう。


一段と「ブッシュ化」する米国

 世界が注目するなかで行われた米国の大統領選挙は、予想どおりの接戦の末、現職のブッシュ候補が再選を決めた。ただ、今回の選挙は確かに接戦ではあったが、総得票数でライバルのゴア候補を下回り、大統領としての正当性に疑問を生じさせた前回とは、大きく様相を異にしている。
 今回、ブッシュ候補は、総得票数で過半数を獲得、獲得選挙人数、州数でも前回を上回り、接戦ながらも完勝と評価できる勝ち方であった。同日行われた議会選挙で、共和党が上下両院で勢力を伸ばしたことも、ブッシュ政権が政策を実現していくうえで、大きな得点と言える。こうした結果を受けて、二期目のブッシュ政権は、その特徴である保守的かつ孤立主義的な傾向を一段と強めてくる可能性が高い。
 今回の大統領選挙の過程では、伝統的な保守―リベラルの対立軸に加えて、一般大衆とインテリ層の対立や、イラク戦争の評価をめぐる議論で国論は二分され、米国の「分裂」、「分断」が取りざたされた。そのことからも明らかなように、ブッシュ政権の政策は、決して米国民全体の意思を反映したものではない。しかし少なくとも国際政治の舞台では、世界は一段と「ブッシュ化」した米国と向き合うことが想定される。
 ブッシュ再選という結果は、各国が米国との関係を一気に再構築する契機を失ったということでもある。今後はすべての国・地域が、「ブッシュの米国」を前提として、国際関係の再構築を模索することになる。


低下する米国の求心力

 その意味で当面の焦点となるのが、年明けに議会選挙を予定しているイラク情勢であることは間違いない。イラク開戦当時には、その妥当性をめぐって、ドイツ、フランス、ロシアの3国と米国の間で鋭い対立関係が生じる一方、戦争に参加した英国をはじめ、日本やイタリア、スペインなどが米国支持に回った。しかし、その枠組みも、イラク国内の混乱が長期化、深刻化するにつれて変化してきている。
 一方では、国内にイスラム勢力のテロの問題を抱えるロシアのプーチン大統領が、米国の大統領選挙の過程で早々にブッシュ支持を表明するなど、米国の対テロ強硬路線に同調する動きを見せている。しかしそれとは逆に、マドリードで起きた鉄道テロ事件の影響で親米政権が倒れたスペインをはじめ、ノルウェー、ドミニカ、ホンジュラス、フィリピンなど、世論の圧力と経済的負担の累増に耐えかねて、イラクに派遣していた部隊を撤退させる動きも相次いでいる。オランダ、ハンガリーなども派兵期限を延長しない方針を表明している。
 彼らの抜けた穴は、米国とその同調国が埋めることになるが、春ごろの総選挙が見込まれる英国や、一時ほどの世論の支持を失いつつある小泉政権の日本でも、イラクへの関与については反対論が高まっている。今後、イラク情勢がさらに深刻化するようなことになれば、これらの国の親米政権にも動揺が及ぶ可能性は否定できない。
 今の世界は、米国の軍事、経済両面での圧倒的なパワーに振り回されている感が強いが、ブッシュ政権の孤立主義的な傾向の必然的な帰結として、国際社会における米国の求心力は、確実に低下してきている。


EUの求心力と中国の台頭

 それに対し、米国に次ぐ「第二の極」になりつつあるEU(欧州連合)は、引き続き求心力を伸ばしている。しかし、その代償もまた、重みを増してきた。
 04年のEUは、5月に中東欧10か国の新規加盟を実現させたのに続いて、6月の首脳会議では大統領制の導入を含む「EU憲法」を全会一致で採択するなど、加盟国間の利害調整を慎重に行いながら、統合の拡大・深化を着々と進めてきた。対テロでは米国と歩調を合わせはじめたロシアも、EUの要請に応じて京都議定書を批准するなど、欧州への目配りを欠かしていない。
 その一方で、共通通貨ユーロの導入に続いて経済格差の大きい新規加盟国を迎えたことで、ドイツやフランスなどEUの中核国は、新規加盟国からのデフレ圧力や、労働時間の弾力化などの構造調整圧力にさらされている。加えて、自国だけの為替調整や金融政策が不可能になったため、景気対策は財政政策に依存せざるを得ず、財政赤字の膨張をもたらしている。これらの現象は、EU統合の拡大・深化の代償と位置付けられる。それは決して軽いものではないが、経済の成熟したEU中核国が、周辺新興国のダイナミズムを取り込むためには避けて通れない試練と言えるだろう。
 また、「第三の極」と呼ぶには力不足だが、急速な経済成長と潜在的な市場の巨大さを背景とした中国の台頭が顕著になっている。外交面でも、同じ潜在的な大国であるインドやブラジル、あるいは隣接するASEAN(東南アジア諸国連合)諸国との連携を強化する動きを見せており、少なくとも経済や通商の面では、すでに米国と並ぶ主役の一角を担う存在となっている。
 05年の世界は、混沌とした要素が山積するなかから、米国、EU、中国を軸にした新しい構図が浮かび上がってくるだろう。そうしたなかで、日本は針路をどう取るべきか。難解なパズルが続いている。


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