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text023 2004年11月11日
米国は、どう“分裂”したか

 米国大統領選挙が終わりました。その結果やプロセス、背景をめぐっては、まだまだ調べていかなくてはなりませんが、結果が出て一週間の今の時点で考えていることを、ひとまずまとめておきたいと思います。

 まず、大統領選の結果を見ますと、予想通り接戦ではありましたが、前回に比べれば、ブッシュの完勝と言える内容でした。獲得した州の数で1州、選挙人数で15人も上乗せし、約60%という歴史的な高投票率(前回は51.2%)のなかで過半数の得票を実現。前回、全体の得票数ではライバルのゴア候補を下回ったことで、大統領としての正当性を常に疑問視されてきた状況を、完全に払拭したと言えるでしょう。加えて、大統領選挙と同日に行われた議会選挙で、上院、下院ともに共和党が勢力を拡大したことも見逃せません(「選挙結果の詳細」へ)。ブッシュ政権は、政策を実現していくうえで一段と有利な状況を手に入れたのです。

 これまでの4年間の実績と、その路線の継続を掲げた選挙活動の結果として、これだけの成果を上げたわけですから、二期目のブッシュ政権は自信を持って、その特色である保守主義、国益重視、米国至上主義=米国流の正義の押し付けを、一段と強めてくることが予想されます。世界はもう4年、「ブッシュの米国」と向き合うことになるわけです。焦点は、イラク問題や地球環境問題を含む米欧関係の行方であり、そこにロシアや中国がどう絡んでいくのか、といったあたりになると思われますが、それらについては、また別の稿で改めて考えることにして、以下では、今回の大統領選挙で話題になった、米国の“分裂”について考えてみたいと思います。

 今回の選挙では、歴史的な保守(共和党)対リベラル(民主党)の対立軸に、イラク戦争の是非、テロへの対抗策をめぐる議論が重なり、米国の国論は真っ二つに割れたように見えました。今回の選挙がきわめて高い投票率となったのも、国論の分裂のためという側面もあります。ブッシュ大統領の勝利宣言も分裂を意識して、双方の融和を呼びかけるくだりがありました。ですが、こうしたことから米国が“分裂”したと言ってしまってもよいのかどうか。これは、たいへん難しい問題ですが、今回の選挙との関連では、どういう人がどういう投票行動をとったのかを示したデータが、考える糸口になると思います。<図:属性別に見た投票動向>をご覧ください(画像が少々大きいので、別ウィンドウで表示します)。Herald Tribune紙に載った出口調査のデータから作ったものですが、複数のメディアが同じデータを使っているようです。

 この図を見ると、今回、ブッシュかケリーかを選択する決め手となったのは、一にも二にも、イラク戦争をどう考えるか、であったことが分かります。イラク戦争を容認できるかどうか、戦争によって米国の安全が改善したかどうか、この二つの設問に対する答えが、ブッシュかケリーかの選択ともっとも密接に連動しています。それ以外では、もちろん支持政党との連動も大きいのですが、その対立軸においては無党派が3割近くも存在しているわけですから、“分裂”というイメージではありません。

 また、人種とか宗教、あるいは性別、年代といった、伝統的というか構造的な属性区分では、全体の1割強を占める黒人層が圧倒的にケリー支持(あるいは反ブッシュ)に回った他は、今回の投票行動と決定的な連動は見られなかったようです。ブッシュの支持基盤として注目された「白人のキリスト教福音派」でさえも、約2割の人がケリーを選んでいます。州別の結果を見ても、前回選挙と比べて全体にブッシュの支持率が上がっていますが、“分裂”の深刻化を示す動きは確認できません。

 こうしたデータからは、今回の選挙における“分裂”は、白人対マイノリティとか、プロテスタント対カトリックといった伝統的、構造的な対立軸に沿ったものではなく、あくまでも、ブッシュ政権によるイラク戦争という特定の問題に対する判断をめぐる一時的なものに過ぎず、長期的、構造的に国を割るイデオロギー的な“分裂”ではない可能性を読み取れます。

 もちろん、ここで見たデータだけで判断できないということは言うまでもありません。全般的な保守化傾向と同時に、無党派層が保守とリベラルの両極に“分裂”している可能性もあります。また、イラク戦争に対する判断の背後に、国際協調主義と単独主義(あるいは孤立主義)というイデオロギー的な対立軸が存在していることも考えられます。ただ、ここで取り上げたデータからは、イラク戦争を「容認できる・できない」の判断と、それが「安全につながっている・いない」の判断との相関は明らかで、「安全につながっている(いない)から容認できる(できない)」といった形で、イデオロギーよりも結果で判断している人もかなり含まれている可能性があり、このデータだけでは、イデオロギー的な対立軸の存在は確認できません。

 このあたりは、もっと慎重に見ていく必要があると思いますが、その面での参考書を一冊、紹介しておきましょう。「文明の衝突」で有名なサミュエル・P・ハンチントンの「分断されるアメリカ」Amazonの紹介ページへ)。この本、私は大統領選挙の予習のつもりで読んだのですが、その意味でも、また選挙後のことを考えるうえでも、たいへん役に立っています。

 彼が捉えた“分裂”は、第一には、「米国の信条」をめぐる分裂です。「米国の信条」とは、大雑把に言うと、純粋な民主主義国家として成立した米国がプロテスタントの教えをベースに打ち立てた社会システム、共通の価値観ということになるでしょう。それを至上のものと考え、守っていこうと考える人がいる一方で、必ずしもそれを絶対視しない人も増えていることが、問題の第一歩と捉えられています。ハンチントン自身は前者の立場に立っているわけですが、米国の信条を尊重する一般大衆と、それを軽視する政界、産業界、学界などの指導層、インテリ層との分裂が指摘されています。

 しかし、ブッシュ政権を支えるネオコン(新保守主義)と呼ばれる人々は、「米国の信条」の極端な信奉者で、国内でそれを守るだけでなく世界中に「布教」しようと考えている人たちと捉えられるでしょう。2003年に大ヒットしたSMAPの「世界に一つだけの花」は、反・イラク戦争のメッセージとしても受け止められましたが、イラク戦争を主導したネオコンの人々は、米国の存在こそが世界に一つだけのオンリー・ワンだと考えているのです。そして、彼らの思想と政策に対して、一般大衆が“Go”サインを出したのが、今回の選挙だったということになるわけです。

 ただ、ハンチントンが問題視しているのは、ネオコンの台頭ではなく、むしろ「米国の信条」を軽視する風潮の方です。その風潮が、ヒスパニックと総称される、中南米、カリブ海諸国からの移民の急増と重なると、従来とはまったく異質で、より深刻な“分裂”が進むというのです。近年のヒスパニックの移民は、「米国の信条」を軽視する風潮もあって、英語の使用や「米国の信条」への忠誠を強要されず、そうした人々が急速に増えてきていることが、国家としてのアイデンティティの喪失にもつながりかねない深刻な“分裂”につながるという見方です。そうなりますと、米国経済のダイナミズムの源泉である「貧困エンジン」の機能(関連レポート「経済の活力をどう確保するか」等を参照のこと)にも重大な欠陥が生じるわけで、経済の視点からもきわめて重要なポイントになってきます。

 ハンチントンの議論を前提に考えてみると、今の米国には、いくつかの“分裂”が複合的に絡み合って存在していることが想定できます。まずは、今回の大統領選挙とも関係の深い「米国の信条」をめぐる分裂。そして、この分裂において、「米国の信条」を尊重する方が力を持つと、ネオコンの勢力が強まり、欧州、ロシア、中国などとの関係における「国際的な分裂」が深まる。逆に、軽視する方が有力になると、今度は伝統的な米国とヒスパニックの米国という「国内の分裂」が進む。こういう構図が想定できるでしょう。

 今回は、大統領選挙という大きな節目がありましたので、これまでに学んできたこと、考えてきたことをまとめてみましたが、米国の“分裂”をめぐっては、まだまだ情報を集めたり、勉強したりが必要です。その経過は、このサイトでも順次書いていきたいと考えています。


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