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読売ADリポートojo 2005年12月号掲載
連載「経済を読み解く」第63回
原油価格高騰−静かに広がるインパクト−

 2004年の後半あたりから本格的になってきた原油価格の上昇は、05年に入るとさらに加速し、指標となるWTI(西テキサス産の中質油)の価格は、9月には一時的に1バレル(159リットル)あたり70ドルを超えた。これは、2005年の世界経済を振り返るうえでは、最も重要な出来事の一つである。


第三次石油危機は発生するか

 原油価格の高騰というと、思い浮かぶのは1974年の第一次、79年の第二次の2回にわたる石油危機だろう。今回の上昇局面では、原油価格は70ドルに達しており、その水準は70年代の石油危機の際の価格を大幅に上回っている。
 しかし、当時と現在では、物価水準も為替レートも大きく異なっている。過去の原油価格を現在の物価水準と為替レートに置きなおした実質価格でみると、第一次石油危機の際には20ドルから50ドルへの上昇、第二次では30ドルから100ドルへの上昇に相当していた計算になる(下図参照)。20ドルから70ドルに達した今回の上昇局面は、原油価格の水準で見ると一次と二次の中間ということになる。
 ただ、経済や産業へのインパクトは、原油価格の水準や上昇率だけで決まるわけではない。第一次石油危機の際には、成長率がマイナスに転じると同時に、物価は1年で20パーセント以上も上昇した。多くの消費者がトイレットペーパーなどの消耗品の買い占めに走るなど、日本の経済、社会は大混乱に陥った。それに対して、第二次の際には、前回の経験を踏まえて企業や消費者が比較的冷静に対処できたことで、景気の落ち込みはあったものの、第一次ほどのインパクトはなかった。
 そして今回はといえば、第一次のような不意打ちでもなく、第二次ほどの価格水準に達してもいないため、日本経済への悪影響は局所的なものにとどまっている。また、石油危機当時と比べて、企業や消費者の経済水準が大幅に向上したことで、原油価格の上昇に対する耐性が格段に強まってもいる。もちろん今後の原油価格の動向にもよるが、第三次石油危機と呼べるほどの衝撃が日本経済を襲う可能性は大きくはないといえるだろう。


原油価格(WTI)の推移


高騰の背景は人口大国の台頭

 今回の原油価格の高騰は、過去の石油危機とは一律に論じられない大きな違いがある。70年代の石油危機は、第一次は中東戦争、第二次はイラン革命と、いずれも石油の大産地である中東地域の政治経済の混乱という、供給側の一時的な要因で発生した。それに対して今回の原油価格の高騰は、世界経済の堅調な成長にともなう石油消費量の増大という、需要側の構造的な要因で生じたものだ。2002年ころから、原油の供給余力は次第に失われ、それが市場で認識されたことで、原油価格は上昇してきたのである。
 世界の石油需要の拡大は、今後一段と加速していくものと考えられている。それは、13億人の人口を擁する中国と、11億人のインドの両人口大国が、いよいよ本格的な経済発展を開始してきたためだ。01年から04年までの4年間の累積で、中国は39パーセント、インドは27パーセントという急速な成長を記録している。
 現時点では、両国の経済水準は低く、人口1人当たりのエネルギー消費量は先進国の数10分の1のレベルである。しかし、今後、経済が成長し人々が豊かになっていけば、エネルギー消費も確実に増加する。巨大な人口を擁する両国の経済成長が本格化すれば、世界のエネルギー消費量、石油消費量に与えるインパクトは加速度的に大きなものとなっていく。
 今回の上昇局面では、投機的な資金が市場に流入したことで原油価格が押し上げられている面もあるが、その背景には、人口大国の台頭という明確な需要増要因が存在している。一時的な供給制約に起因した70年代の石油危機では、制約要因が払拭(ふっしょく)されると原油価格は下落に転じた。しかし、人口大国の台頭という需要側の構造的な要因で起きた今回は、上がり過ぎた分の調整はあるとしても、原油価格は中長期的に高止まる可能性が高い。


広がる波紋

 短期的なインパクトは大きくないとしても、原油価格が中長期的に高止まることになれば、その影響はさまざまな形でじわじわと広がってくる。とくに、経済的な体力のない発展途上国では、経済発展を阻害されることになるだろう。
 先進国においても、最大のエネルギー消費国である米国では、燃費の悪い大型車の売れ行きが鈍り、効率の良い小型車やハイブリッド車へ需要がシフトする流れが生じている。これは、資源や環境の視点からは歓迎すべき動きであるが、その一方で、大型車を主力としてきた米国の自動車産業は大きな打撃を受けている。世界最大の自動車メーカーであるGMやフォードの経営はすでに危機的な状況に陥っている。
 他方、望ましい動きとしては、燃料電池やバイオマス、風力、太陽光、石炭液化、オイルサンドなど、原油価格が低い状況では採算の難しい新エネルギーや省エネ技術の開発が加速することが期待できる。各国の企業にとっても、大きなビジネスチャンスとなるだろう。
 もう一つ見落とせないのが、原油の代金として産油国に流れ込む資金、いわゆるオイルマネーの動きだ。原油価格が上昇すればオイルマネーの規模も膨らむ。その動き次第で、世界中の金利や為替、株式、商品、不動産の市場は大きな影響を受ける。
 原油価格高騰の波紋は、どのような形で広がっていくのか。それは、これからの世界経済を考える際の核となる論点である。


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