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日経MJ(日経流通新聞)2004年12月6日付
第2部「新卒就職応援特集」
リテールビジネスは創造力の時代へ
      

 日本の近代リテールビジネスの歴史は、今からちょうど100年前の1904年12月、東京・日本橋の三越百貨店のオープンで幕を開けた。以来、リテールビジネスの歴史は、日本の経済、社会の潮流を色濃く映し出しながら展開してきた(下図)。
 百貨店は、日本人の生活の「近代化」の象徴として、日本各地に開設された。戦後の高度成長期には、スーパーマーケットが登場し、大量生産による「効率化」を追求した時代の、消費生活の面での象徴となっていった。人々が豊かになり安定成長期を迎えた70年代以降には、コンビニやドラッグストア、カジュアル衣料、ファストフード、ファミリーレストランなど多彩な専門店チェーンが成長し、リテールビジネスの「多様化」が進んだ。
 そして、世紀の変わった今、日本の経済、社会の変化に応じて、リテールビジネスもまた新しい局面を迎えようとしている。

リテールビジネス100年の歴史


消費の高度化と人口の減少

 リテールビジネスに変化を迫る時代背景の第一は、消費の高度化である。これは単に金額が拡大しただけでなく、商品・サービスの質やバリエーションに対する要求水準が向上したことも含めての話だ。それには、インターネットの普及で、消費者の情報力が飛躍的に向上したことの影響も大きい。所得や消費の伸びが鈍化した90年代にも、厳しい予算制約のもとで最大限の満足を得るために、消費者の要求は一段と厳しくなった。
 「価格破壊」という言葉が流行った90年代半ばには、少しでも安いものを探して買うのが一種の流行のようになったこともある。しかし、それが落ち着いてくると、「これぞ」という分野や、「ここぞ」という時には高額の出費もいとわない、メリハリのある消費行動が目立つようになってきた。
 その結果、経済全体が不振であるにもかかわらず、高品質・高価格の商品・サービスの市場が、目に見えて拡大した。薄型大画面テレビなどのデジタル家電のヒットやデパ地下ブームはその典型だ。身近なところでは、コンビニの高級おにぎりやファストフードの高級ハンバーガーがヒットした。サービスの分野でも、各室に露天風呂の付いた新感覚の温泉宿が予約を取れないほどの人気になったりといった動きがある。
 二つ目の背景は、人口の停滞、そして減少である。日本の人口は、2006年をピークに減少に転じる(下図)。人口が減るということは、大部分の商品・サービスでは、需要が減るのが普通になるということだ。成長するのは、新しい商品・サービスを開発、投入して、新しい需要を開拓した一部の産業や企業に限られてくる。
 それができない企業は、売り上げを伸ばすことができず、常に淘汰の圧力にさらされることになる。事業規模の拡大を目指した企業同士の合併や事業の売買も日常化する。企業にとってはきわめて厳しい時代になるだろう。

日本の人口増加率の推移と予測


「複合化」の新潮流が鮮明に

 こうした時代背景のもとで、日本のリテールビジネスは、さらなる変容を遂げつつある。消費の高度化と人口の停滞を前提にすると、成長性と収益性を維持していくためには、消費者の高度な要求に応えられる新しい商品・サービス、店舗、業態を次々と開発し、投入していくことが不可欠になる。そうした時代の要請を受けて、世紀の変わり目あたりから鮮明になってきたのが「複合化」の潮流である。
 これまでのリテールビジネスの進化のプロセスは、品ぞろえや販売手法など、個々の店舗の単位で進んできた。それに対して、今目立っているのは、複数の店舗の複合体である「商業集積」を単位とした進化である。音楽になぞらえて言えば、独奏のレベルでの進化に、オーケストラや室内楽、あるいはロックバンドといった編成のレベルでの進化と多様化が加わってきたイメージだ。
 商業集積のバリエーションは、古くからあるGMS(General Merchandising Store、総合スーパー)を核にしたタイプや駅ビルに加えて、郊外の大規模ショッピングモール、多数の専門店に映画館などのアミューズメント施設を加えたタイプ、丸の内や六本木など都心の再開発地域のショッピングゾーンなど、急速に広がりつつある。日常的なショッピングの場としては、食品スーパーにドラッグストアやカジュアル衣料品店を組み合わせた「NSC(Neighborhood Shopping Center、近隣型ショッピングセンター)」と呼ばれるタイプが急増しているし、百貨店のリニューアルでも、さまざまな専門店やサービス業を組み込んだ形が定着している。
 これらはいずれも、かつての百貨店が持っていたショッピングの娯楽性とGMSの利便性、そして専門店の高度な専門性をさまざまなバランスで組み合わせた、いわばハイブリッド型の商業施設ということができる。


個性を生かせるチャンス拡大

 リテールビジネスの進化が商業集積を単位として進む時代になると、商業集積の開発や、そこに組み込む専門店のラインアップを考えて全体の雰囲気をコーディネートする役割、ビジネスに一段とスポットがあたるだろう。
 商業集積全体を運営する立場からは、商業集積の集客力につながる個性的な店舗を次々と開発、発掘していくことが重要な課題となる。それは、業態のライフサイクルをこれまで以上に短命化させることにもつながるが、一方では、リテールビジネス全体のチャンスの拡大をも意味している。というのは、単独での店舗展開の難しい企業でも、商業集積全体の演出やイメージアップに貢献できる個性的な店舗であれば、商業集積のコンテンツにはなり得るからだ。これは、リテールの領域において、ビジネスとして成立する範疇が格段に広がっていくということだ。
 そこでは、海外のリテーラーや国内のローカルな専門店も対象となる。海外リテーラーの店舗は、多くの商業集積ですでに重要なコンテンツとなっている。そこでは、商品を輸入するのではなく、店舗自体、あるいは店舗のコンセプトを輸入する発想が生まれている。また、消費の高度化が本物志向、文化志向につながってきたこともあって、国内各地方の老舗と呼ばれる専門店や個性的な専門店を商業集積に迎え入れる動きも広まりつつある。ローカルのコンテンツへの注目は、今後さらに高まってくるだろう。
 そうした既存のコンテンツだけでなく、まったく新しい発想、新しいコンセプトによる店舗や事業を創出していくうえでも、「複合化」の動きが追い風となる。これからのリテールビジネスでは、商品やサービスの開発に加えて、新しい店舗フォーマットやビジネスモデル、さらには商業集積のレベルまで、さまざまな次元で、さまざまな種類の創造力が求められる。


消費者との接点がアドバンテージに

 創造力が求められるのはリテールビジネスに限らない。創造力の強化、拡充は、日本の経済全体にとっての課題でもある。
 かつての日本の産業は、「良い商品をより安く」というベーシックな路線を愚直なまでに追求することで欧米の企業を圧倒してきた。しかし近年では、消費の高度化と人口の停滞、そこに中国をはじめとするアジア諸国の台頭も加わって、低価格を追求するだけで生き残っていくことは難しくなった。価格競争にはまり込んだ企業の多くは、自らの利益だけでなく、従業員の賃金や雇用までをも犠牲にせざるを得なくなっていった。その結果が、過去数年にわたって日本経済を悩ませてきたデフレの現象に他ならない。
 日本経済がデフレを抜け出す決め手となるのが、新しい商品・サービスを開発し、新しい市場を開拓していく創造力である。家電や電子部品のメーカーは、デジタル家電の市場を創出することで、すでにその力の一端を発揮した。それが04年の景気回復の一因となったわけだが、その流れを確実なものにするには、裾野の広いリテールビジネスが創造力を発揮していくことが不可欠だ。
 メーカーの創造力が技術進歩の成果を取り込むうえでの優位性を持っているのに対して、リテールビジネスは、消費者との直接的な接点を持っているアドバンテージが大きい。ただ、そのアドバンテージは、漫然と店を開けて商品を並べているだけでは生かせない。消費者の潜在的なニーズを的確に読み取るにも、新しい商品・サービスの効能を消費者に伝えていくにも、相応の技術や専門性が必要だ。リテールビジネスにおいては、消費水準に対応する形で、仕事の方も高度化する。
 とはいえ、その土台として、人に対する興味や人を思う心が重要であるということは、100年前から変わっていない。日本のリテールビジネスは、受け継いできた伝統のうえに新しい技術を積み上げることで、厳しくはあるがダイナミックな新時代に乗り出していこうとしている。


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