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読売isペリジー 2008年4月発行号掲載
複合型商業施設のインパクト

 21世紀に入って以降、日本各地で大型の商業施設の開設が相次いでいる。その動きは、日本経済の復調が鮮明になった2005年あたりから一段と加速している。そこでの主役は、複数の有力な店舗を組み合わせた複合型の商業施設である。ここでは、そうした複合型商業施設の台頭の意義や背景、さらにはその影響について考えてみたい。


小売産業の主役交代史

 複合型商業施設の台頭は、日本の小売産業の進化の歴史が新たなステージに入ったことを告げる現象でもある。その意味を理解するには、これまでの日本の小売産業の歴史を押さえておく必要がある。日本の小売業は、1904年、東京日本橋の三越百貨店の開設を端緒として、産業としての歩みをスタートさせた。その後、各地の呉服商や鉄道会社によって日本中に開設された百貨店は、西洋風大建築の店内に商品を展示する販売方式で、欧米の近代的なライフスタイルを日本の人々に提示するショールームとしての役割を果たしていった。
 戦後になると、セルフサービスとチェーンオペレーションをベースとするスーパーマーケットのビジネスモデルが米国から導入された。日本のスーパーマーケットは、食品と日用雑貨に特化した食品スーパーと、衣食住の各分野に品揃えを広げたGMS(General Merchandise Store/総合スーパー)の二つの業態に分化していったが、そのうちのGMSは、ワンストップ・ショッピングの利便性で消費者を惹きつけて急成長を遂げ、百貨店に代わる新たな主役となっていった。
 しかし、日本経済が高度成長期から安定成長期へと移行した1970年代半ばころから、日本の消費者は効率的で安いだけの店では満足しなくなり、買い物しやすい快適な店舗、豊富な選択肢のある品ぞろえ、専門的な情報提供など、次々と要求を高度化、多様化させていった。そうした変化を受けて勃興してきたのが、コンビニエンスストア、ドラッグストア、ホームセンター、家電量販店、ファーストフード、ファミリーレストランなどの専門店チェーンである。
 1990年代になると、出店規制の緩和にともなう消耗戦的な価格競争の結果、多くのGMS企業が経営を破綻させた。専門店チェーンでも、下位企業の多くは淘汰の波にさらされたが、それぞれの業態の有力上位企業は、同業態の下位企業の市場を奪うことで、小売産業における地位を一段と高めていった。また、この時期には、大型紳士服店、カジュアル衣料品店、100円ショップなど、多彩な専門店チェーンが新たに台頭した。GMSが急成長した時代には出遅れた感のあった食品スーパーも、日常の「食」の領域に特化した専門店チェーンとして、その地歩を固めている。


複合型商業施設の台頭

 21世紀に入った現在でも、多様な専門店チェーンが日本の小売産業の主役の座を占めていることに変わりはないが、それにオーバーラップする形で存在感を高めてきたのが複合型商業施設である。それは、現在の主役である多彩な専門店、さらには百貨店やGMSをも組み合わせて、それらの相乗効果によって集客力向上を狙った商業施設だ。その萌芽は1969年開設の「玉川島屋S・C」や、1981年開設の「ららぽーと TOKYO-BAY」などに見られていたが、東京新宿に「タカシマヤ・タイムズスクエア」がオープンした1990年代後半あたりからは、百貨店の新規出店やリニューアルにあたっても、集客力向上のために複数の大型専門店を導入する戦略が定着している。
 そして、21世紀に入ると、郊外型の大規模ショッピングモールの開設が急増した。六本木や丸の内など、話題を集めている都心の再開発地域の商業ゾーンも複合型の一種と位置付けられる。日常的な買い物の場としても、食品スーパーにドラッグストアやカジュアル衣料品店を組み合わせた「NSC(Neighborhood Shopping Center/近隣型ショッピングセンター)」と呼ばれる比較的小規模な複合型商業施設の展開が本格化してきている。
 また、全国のお菓子の有名店を多数集めた東京の「自由が丘スイーツフォレスト」や、各地のラーメンの名店を次々に出店させている横浜の「新横浜ラーメン博物館」など、特定の商品分野に絞ってテーマパーク的な展開を志向するタイプも増えている。やや特殊なケースとしては、映画館を核にした川崎の「ラ・チッタデッラ」や、自動車メーカーであるトヨタが自社系列の自動車販売店を核にしてスーパーマーケットや各種の専門店を組み合わせて開設した岐阜の「カラフルタウン岐阜」、横浜の「トレッサ横浜」のような事例もある。
 このように、近年の複合型商業施設の展開は、単に数が増えていたり規模が大きくなっていたりというだけではなく、そのバリエーションも一段と広がってきている。複合型の展開が進んでいる米国では、複合型商業施設を主として規模の視点から分類、類型化して捉える考え方が一般化しているが、多様化の途上にある日本においては、現時点で複合型商業施設を類型化して分析することには、あまり意味はなさそうだ。


進化の新ステージ

 小売産業における主役交代の流れは、個々の小売企業が生き残りと成長のために、高度化していく消費者のニーズに対応しようとすることで生じた産業としての進化の歴史である。複合型商業施設の台頭も、そうした小売産業の進化の一環と捉えられる。ただ、複合型の台頭は、小売産業の進化を新たなステージに押し上げることにもつながっている。
 百貨店の登場からスーパーマーケット、さらには多彩な専門店チェーンへとつながる一連の進化は、品揃えや販売手法といった個々の店舗の次元での進化であった。それに対して、複合型商業施設の台頭によって生じているのは、複数店舗の編成の次元での進化である。この進化の次元のシフトは、商業施設としてのバリエーションの広がりを通じて、小売産業の多様化を加速させる原動力となっている。
 従来の店舗レベルでの進化は、百貨店であればショールーム機能、スーパーマーケットの場合にはセルフサービスとチェーンオペレーション、コンビニエンスストアではフランチャイズ方式を前提とした長時間営業、といった具合に、いずれの場合にも何らかのイノベーションが契機となっていた。それに続く専門店チェーンの場合にも、スーパーマーケットやコンビニほど画期的ではなくても、それぞれに他社店舗との差別化の核となる新機軸が前提となるため、その進化と多様化のペースには自ずと限界があった。それに対して複合型の場合には、既に存在している店舗からどれを選んで組み合わせるかで、立地やターゲットとする顧客層、想定するショッピングのスタイル等にあわせて、自在にバリエーションを広げることができる。複合型商業施設の多様化が急速に進んでいるのも、そうした構図があるためだ。


広がるビジネスチャンス

 小売産業の進化が店舗の編成の次元にまで広がってくると、商業施設全体としての集客力を最大化するために、組み込む店舗のラインアップを考え、その配置や全体の雰囲気をコーディネートするプロデューサー的な役割が重要になる。それは、小売産業に限らず、さまざまな産業の多くの企業に新たな事業機会が生じることを意味している。この領域では、「ららぽーと」を展開する三井不動産をはじめとする不動産会社や専業の商業デベロッパーのほか、GMSからショッピングモール運営に事業の軸足を移すことで業績を維持してきたイオングループの動きが目立っている。NSCではその核店舗となる各地の食品スーパーが活躍している。また、有名ブランドの売り場の拡充と快適な「ショッピング空間」の提供を集客力の要としてきた百貨店のなかからも、その路線を徹底させることで複合型商業施設のプロデューサーとしての事業にチャンスを見出す企業が出てくるかもしれない。JRをはじめ駅という優良な立地を押さえている鉄道会社も、オーナー兼プロデューサーといった役回りを果たしていくことは十分考えられる。
 一方、複合型の施設に出店する個々の店舗の側でもチャンスは広がっていく。複合型商業施設の増加は、多くの専門店チェーンにとっては、出店機会が増えることを意味する。さらに、商業施設のプロデューサーが用地の確保や施設の建設を担当することで、そうした機能を持っていないために潜在的な力はあっても事業を拡大できなかった個人商店や、これから事業を広げていこうとしている新興企業にも、多店舗展開、チェーン化のチャンスが生じてくる。単独での店舗展開は難しくても、商業施設全体の演出やイメージアップに貢献できる個性的な店舗であれば、複合型への出店が成立するケースも想定できる。これは、小売や外食、サービスの事業領域において、ビジネスとして成立する範疇が格段に広がっていくということだ。その結果として、複合型商業施設の発展は、施設全体の多様化だけでなく、そこに組み込まれる店舗の多様化にもつながるだろう。
 1970年代以来の多彩な専門店チェーンの成長は、地域に根差した個人商店の存続を難しくしてきた。急増するチェーン店に圧倒されて、ユニークな個人経営の専門店は次々に消えていった。ローカル色の強い地方の老舗でも、事業を維持できなくなるケースが少なくなかった。専門店チェーンの多様化が進んだ反面、個人商店まで含めて大きく捉えると、むしろ全国一律の画一化が進んできていたのである。複合型商業施設の台頭は、ユニークな専門店の事業環境を改善することで、そうした状況を大きく変えていく可能性がある。それは本当の意味での多様化の幕開けと言えるだろう。
 小売産業をはじめとする多彩な企業が、複合型商業施設の台頭にともなって広がるビジネスチャンスを取り込んで事業を展開していけば、商業施設と個々の店舗の双方の進化と多様化を通じて、消費者にも大きなメリットが生じる。店舗編成の次元で進む複合型商業施設の進化は、まだ緒についたばかりだが、その動向は、これからの産業と消費市場の行方を見通すうえで、きわめて重要なカギとなるだろう。


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