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読売ADリポートojo 2004年3月号掲載
連載「経済を読み解く」第45回
スマイルカーブ化する日本産業−経済の成熟化がもたらす産業構造の変貌−

スマイルカーブの構図

 「スマイルカーブ現象」という表現がある。もともとは電子機械産業の収益構造を表す言葉だ。電子機械産業では、事業プロセスの川上に位置する商品開発や部品製造の段階と、川下にあたるメンテナンスやアフターサービスの部分の収益性は高いが、中間の製造段階はあまり儲からない傾向がある。この様子を、縦軸に収益性、横軸に事業プロセスをとってグラフ化すると、両端が高く、中ほどが低い線が描け、ちょうどスマイルマークの口のラインのようになることから、「スマイルカーブ現象」と呼ばれているのである(下図)。
 この現象は、必ずしもすべての産業にあてはまるわけではないという指摘もある。自動車産業のように、部品相互を調和させることの重要性が高い商品、産業の場合には、中間段階の収益性も維持されているという見方だ。
 しかし、そうした個々の産業に関してではなく、日本の産業全体を対象に考えてみると、スマイルカーブという言葉で表される現象は、経済の成熟化にともなって、確実に時代の趨勢となっている。

スマイルカーブのイメージ


経済の成熟化への対応

 日本では、経済発展の結果として、人々の生活水準が向上し、多くの商品、サービスの市場が飽和してしまった。飽和した市場では、常に供給力が需要を上回るため、消耗戦的な価格競争が展開される。中国をはじめとするアジア諸国の商品が流れ込んできたことも、その状況を一段と深刻化させている。もはや「作れば売れる」時代は完全に終わり、ありきたりの商品やサービスを、ありきたりのやり方で供給していたのでは、儲からないどころか、事業の存続さえ難しい時代になっている。
 成熟化した経済で収益を伸ばしていくには、新しい商品を生み出す開発力や、顧客ニーズ、とくに移り変わりの激しい最終消費者のニーズへの対応力がカギになる。事業領域としては、商品開発に基礎研究も加えたR&Dの領域と、消費者を対象にした販売やサービス提供の領域、つまりは事業プロセスの両端の重要性が増してくる。産業全体としてのスマイルカーブ化だ。
 スマイルカーブの両端に、人材や資本をシフトしていくことは、成熟化した経済を活性化することにもつながる。新たな商品を開発する力や、消費者ニーズに対応する力は、飽和した市場に代わる新しい市場を創造、開拓する力でもあるからだ。


動き出した両端へのシフト

 スマイルカーブの両端へのシフトが大きな潮流になる兆しはすでに見えてきている。R&Dの領域では、「新・三種の神器」と呼ばれる薄型大画面テレビ、DVDレコーダー、デジタルカメラや、カメラ付き携帯電話の開発、製品化が新たな市場を開拓し、景気の回復に貢献している。
 さらに、2002年ごろから「MOT(Management of Technology)」というコンセプトが話題になりはじめた。「技術経営」と訳されているが、技術開発を重視した企業経営という考え方と、企業経営の視点に立った技術開発、技術評価という考え方の双方の意味合いを含んでいる。そのMOTを実際に企業に導入する動きが活発化するのと並行して、MOTのコースを設置した大学院も増えてきている。
 他方、対消費者ビジネスでは、小売業の優勝劣敗という形で、趨勢が明らかになりつつある。総合スーパーなど、かつての大量生産・大量流通の時代に適応した業態が淘汰される一方で、消費者のニーズに的確に応えたコンビニや専門店チェーンが成長している。効率化のために人手を削る方向性から、サービスを強化するために人手をかける方向性へのシフトも見られる。
 また、成熟化した経済においてカギとなるのは、消費者を「知る力」と「動かす力」である。その文脈から、顧客情報を吸収し、品揃えの最適化やプロモーションに活用することを目的とする「CRM(Customer Relationship Management)」の仕組みを導入する企業や、自社ブランドの確立に力を入れる企業も目立ってきている。


中間部分をどうするか

 スマイルカーブの両端へのシフトが進んでいくと、中間の部分、基礎的な商品の生産や流通の領域をどうするのかも問題になる。大きな流れとしては、基礎的な商品の生産では、効率化を進めるとともに、中国をはじめとするアジア諸国との分業を本格化させていく展開になるだろう。
 ただしその際には、日本の製造業の最大の強みと言われている、現場で働く人々の「熟練の技」が失われることのないような工夫が必要だ。「技」を売り物にできる商品については、それを核にブランドを構築し、技能を伝承していくという戦略もあり得る。しかし、大半の商品に関しては、アジア諸国とのコスト競争にさらされている現状では、従来のように生産活動の副産物の形で技能を伝承していくことは難しいだろう。むしろ、そうした技能基盤を、産業インフラの一種とみなして、公的な支援の下で、職業教育の体系に再編成していくことが望ましいのではないだろうか。
 これは、農業にもあてはまる。農業の場合、副産物としての環境保全や食文化、生活文化の継承への貢献が大きく、従来はそうした副産物を維持するためという理屈で保護されてきた。しかし今後は、副産物である文化性や教育性そのものを農業の主軸にしていくような発想の転換も必要だ(2003年4月号掲載「日本の農業の未来像」参照)。
 経済の成熟化にともなう産業全体のスマイルカーブ化の過程では、さまざまな分野で、従来とはまったく異なったタイプのビジネスが生まれてくることになるだろう。


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