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チェーンストアエイジ 2005年9月1日号掲載
特集:日本のチェーンストア1000社ランキング巻頭レポート
時代は「ハイブリッド」−問い直される小売企業のアイデンティティ−

 2005年4月、日本経済は「ペイオフ本格解禁」という形で、「バブル崩壊後」と呼ばれた時代にひとまずの終止符を打った。時を同じくして、小売業界も、かつての最大手企業ダイエーの再生機構の下での再建策確定という、大きな時代の節目を経験した。加えて、カルフールの日本撤退、ホームセンター3社の経営統合計画の発表等、大きな時代のうねりを感じさせる出来事が相次いでいる。
 これらの出来事から、現在の小売業界におけるトレンドを抽出してみると、さまざまな次元において、「ハイブリッド」という言葉が時代を象徴するキーワードとして浮かび上がってくる。


ハイブリッド型商業施設の時代

 ハイブリッドの潮流は、一つには、ショッピングモールやショッピングセンターなど、複数の強力な店舗を組み合わせることで集客力の向上を図った「ハイブリッド型商業施設」の時代が本格化したことに鮮明に表れている。
 まず、再生機構入りしたダイエーの再建策の選定にあたっては、丸紅グループが掲げた、従来のGMS業態とは訣別、食品スーパーに特化し、自社店舗に有力テナントを導入した商業集積の運営を目指す方向性が採用された。GMSとしては最強の競争力を誇っていたイトーヨーカ堂も、GMS核のモールのみならず、食品スーパー核のNSC(近隣型ショッピングセンター)まで含んだ商業集積の展開に本格的に着手することを決めた。いずれも、ハイブリッド路線で先行するイオンに追随する方向への路線変更である。地方勢力を見ても、食品スーパーへの転換とモール事業の展開を並行して進めてきたベイシア・グループをはじめ、平和堂、イズミといった有力地方GMSも、すでにモールの展開を本格化させている。
 その一方で、自社独自の総合業態ハイパーマーケットで日本市場への浸透を目指したカルフールは、業績不振に耐えかねて撤退を決めた。同じく総合業態の単独店を基本として再建を目指してきたウォルマート−西友も、業績回復の道筋を示せないまま赤字を続け、経営陣の交代に至っている。いずれも、GMSをはじめとする従来型の単独店による総合業態の限界を感じさせた事象である。
 ハイブリッド型への傾斜を強めているのはGMSだけではない。東京新宿に「タカシマヤ・タイムズスクエア」がオープンした90年代半ば以降、百貨店の新規出店やリニューアルにあたって集客力向上のために複数の大型専門店を導入する戦略が定着している。六本木や丸の内など都心の再開発地区のショッピングゾーンの構築においても、有力テナントを組み合わせるハイブリッドの発想が基本になっている。また、日常的な買い物の場としても、食品スーパーを展開する企業が、自社店舗を核としてドラッグストアやカジュアル衣料品店を組み合わせたNSCの展開を急速に本格化させつつある。
 こうしたハイブリッド型商業施設の増加は、専門店業態の多様化を加速させる要因でもある。単独での店舗展開が難しい業態であっても、商業施設全体の演出やイメージアップに貢献できるユニークな店舗であれば、商業施設のコンテンツとしては成立し得るためだ。商業施設におけるハイブリッドの潮流がこのまま続けば、モールの展開で大きく先行している米国のように、日本においてもモールを舞台とする多彩な専門店業態が、多店舗を展開するチェーン企業として成長してくることも考えられるだろう。


加速する業態融合の潮流

 ハイブリッドの潮流は、それぞれの業態、店舗の進化にも表れてきている。複数の異なる業態の中核的な機能や特質を、一つの業態、店舗に融合させることで競争力の強化を図る動きである。極端な場合には、それがまったく新しい業態の開発にもつながっている。
 その典型的、象徴的な事例が、近年急成長中の九九プラスが運営する「ショップ99」だ。ショップ99の店舗は、商品カテゴリーでは生鮮を主力とする食品スーパー、店舗規模や立地特性はコンビニ、販売手法は100円ショップと、それぞれの業態の機能や特質を融合させる形で作り出された業態だ。その意味で、セルフサービスや長時間営業といった、従来は存在していなかった新機軸を掲げて登場してきたスーパーやコンビニなど、過去の新業態のケースとは異質な成り立ちと言えるだろう。
 ショップ99の業態区分に関しては、現時点では展開している企業数が限られるため、既存のいずれかの業態に含めて整理されることが多い。当初は店舗名称のためもあってか100円ショップに分類されるケースもあったが、ローソンやファミリーマートなどの有力コンビニチェーンが類似の業態の展開に乗り出したことで、コンビニに分類されるケースも増えている。また、実際に市場を奪い合う関係になりそうなのは主として都市部の食品スーパーであることを考えると、そこに含める考え方があってもおかしくない。これらのいずれの立場に立つかは分析者の視点の取り方によるが、いずれ店舗展開が進み、また追随してくる企業が増えてくれば、それらとは別の新業態として位置付けられていくのではないだろうか。
 ショップ99のような新業態開発とまではいかないが、他業態の機能、特質を取り込むことで競争力強化を狙うハイブリッド型の戦略は、多くの業態で展開されている。食品スーパーなどが進めている長時間営業化はコンビニの特質を取り込んだものである。また、近年目立ってきている食品スーパーの対面販売強化やコンビニの配達サービスは、個人商店の特質をそれぞれの事業に組み込んだものだ。これらもまたハイブリッド型の競争力強化策と言える。


アイデンティティを問われる時代に

 ハイブリッドという言葉の原義は、純粋種ではない交配種、雑種といった意味である。雑種に出自やアイデンティティの悩みは付き物だが、小売業界のハイブリッドの潮流は、すべての小売企業にアイデンティティの問題を突きつけている。
 なかでも深刻な問題を抱えているのは、自らハイブリッド型の商業施設の運営を手掛ける小売企業だろう。彼らは、従来からの小売業としての機能と、商業施設の運営と開発を行う不動産業としての機能を併せ持つことになるが、それは、企業経営のレベルでのハイブリッドと表現することもできる。問題となるのは、それら両事業間の利害対立だ。
 純粋な開発業者であれば、有力なテナントを導入して、売上げとそれに連動する賃料収入の最大化を図ればすむ。しかし、自らも自社物件において小売業を営む場合には、テナント料収入の最大化を目指す開発業者としての利害と、自社店舗の売上げを伸ばすために競合するテナントの導入を抑えたい小売業者としての利害は一致しないのが普通だ。食品スーパーなどの専門店業態の企業が開発業者を兼ねる場合には競合を避けることは比較的容易であるが、百貨店やGMSのような総合業態の企業が開発を手掛ける場合に、自社店舗と競合するテナントを排除していては、集客力の向上につながらない。
 その場合にはもちろん、企業トータルでの利益の最大化を目指すことになるわけだが、小売企業としてのアイデンティティを強く持ち過ぎていると、その判断を誤ることにもなりかねない。開発業と小売業という二重のアイデンティティの相克は、モールの展開で先行するイオン・グループでも残っているように見える。まして、商業開発では後発であるうえに、GMSとしては最強の競争力を持つイトーヨーカ堂グループでは、小売企業としてのアイデンティティを軽視することは難しいだろう。
 また、ショップ99の台頭が投げかけた業態アイデンティティの問題も、分析者を悩ませるだけではない。ハイブリッド型業態の躍進は、コンビニや食品スーパーなど既存業態にとっても、自社店舗の存在意義を再検討する契機となる。品揃えや売り方、立地といった店舗の持つ多様な要素のうち、顧客は何を評価して来店しているのか。それこそが小売業としてのアイデンティティということになるわけだが、それを改めて明確に認識し、変えるべき点は変えていかないと、激化する他社との競合、さらには新たに登場してくる業態との競合を勝ち抜くことは難しくなる。
 アイデンティティの再構築や変更は、培ってきた歴史の否定につながる。社内の抵抗も小さくはないだろう。成功体験の鮮明な企業であればなおさらだ。時代の変化の度合いが大きくなり、そのスピードも加速している現代の企業には、そうした障害を排除し、常にアイデンティティを確認し、見直し続けていくことが求められている。


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