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三井物産戦略研究所WEBレポート
2011年12月16日アップ
世界経済はタイトロープ・グロースの局面へ

 2011年、世界経済は、資源高にともなうインフレ圧力の顕在化や、EU諸国の財政・金融問題など、危機的な状況に陥りかねないリスクに直面したが、最悪の事態は回避され、緩やかではあるが成長を維持した。しかし、世界経済は引き続き、いつ深刻な危機に陥っても不思議ではない環境にある。重大なリスクを抱えたままの綱渡り的な成長、いわば「タイトロープ・グロース」の状況が続いているのである。


鮮明になる新興国頼みの構図

 2011年の世界各国・地域の成長ペースは、前年に比べて鈍化した(表1)。2010年には、金融危機への対応として各国政府が打ち出した景気刺激策の効果で、多くの国・地域が相当な高成長を実現したが、2011年になると、景気刺激のための支出拡大の結果で財政状況が悪化したことに加えて、成長の加速と資源高にともなってインフレ圧力が顕在化したことで、財政と金融の両面で引き締め気味の政策に転じざるを得なくなった。その結果、先進国においても新興国においても、2009年後半からの「V字回復」の局面は終わり、平常の緩やかな成長ペースに回帰したのである。

表1.各国・地域の成長率の推移
  • 米国、EU、日本、ブラジルは前期比年率、中国、インド、ロシアは前年同期比

 この緩やかな成長ペースは、2012年以降も続く可能性が高い。今後は、先進国では財政再建、新興国ではインフレ回避が重要な政策テーマとなり、成長を押し上げるような財政拡大策や金融緩和策は限定的になると考えられるためだ。今後の成長ペースは、金融危機からのV字回復の局面だけでなく、サブプライムやホームエクイティローンで成長を過剰に押し上げた米国がリードした2007年までの前回の成長局面と比べても鈍いものとなるだろう。表2は、IMFが2011年9月に発表した予測に基づいて作成したものであるが、IMFも成長の鈍化を見込んでいることが読み取れる。2011年から15年までの5年間平均の成長率の予測値は、米国、EU、日本、中国など、多くの国・地域で、前回の成長局面である2003年から2007年までの平均に比べて、低い値となっている。
 しかし、世界全体の市場レートベースの成長率(注1)を見ると、前回の3.6%に対して、今回は3.5%と、ほぼ同水準の成長ペースが予測されている。これは、世界経済において、高成長の新興国のシェアが大きくなったことで、世界全体の成長率が押し上げられるためだ(注2)。新興国のシェアは、前回成長局面の基点となる2002年には2割であったものが、2010年には3割になっており、2015年には4割にまで膨らむという予想になっている。世界全体の成長に対する寄与度を見ても、前回は先進国の2.13%に対して新興国1.42%と先進国主導の成長であったが、今回は先進国の1.46%に対して新興国2.03%と新興国主導への変容が鮮明になっている。なかでも、中国の寄与度は米国やEUを上回る形になっている。新興国、とりわけ中国が世界の成長を支える構図は、今後一段と鮮明になるということだ。
 先進国では、こうした新興国の活力をいかに取り込むかが成長のカギとなる。表2で示したIMFの予測においても、2011年から15年までの平均成長率が2.2%と見込まれる先進国のなかで、日本以外のアジアの先進国については、アジア新興国の成長の恩恵を大きく受けるという想定で、韓国4.1%、台湾5.0%、香港4.7%、シンガポール4.4%と、いずれも高成長が予想されている。
 表2から読み取れる世界経済の展開は、IMFの予測値の精度はともかく、大筋の方向性としては、これからの世界経済のメインシナリオと位置付けることができるだろう。

表2.世界経済の成長構造の変化
  • 出所:IMF'World Economic Outlook September 2011'のデータより作成
  • 「その他先進国」はカナダ、スイス、ノルウェー、アイスランド、イスラエル、オーストラリア、ニュージーランド、 韓国、台湾、香港、シンガポールの11カ国

注1:購買力平価ベースと市場レートベース
 表2の「世界」の欄には、各国のGDPを、各国の物価水準が等しくなるように調整された理論上の為替レートでドルに換算して集計した「購買力平価ベース」のデータと、現実の市場で取引される為替レートで換算、集計した「市場レートベース」の両方を記載している。購買力平価ベースの方は、一般に、世界全体の「豊かさ」の指標と位置付けられており、IMFでは購買力平価ベースの方をメインに発表し、多くのメディアもそちらを主に取り上げている。一方、市場レートベースの方は、現実のドルで計った市場の規模、成長度を表しており、一般にビジネス環境を議論する際に用いられる。

注2:シェアの変化による成長率押し上げ効果について
 個々の国・地域の成長が世界全体の成長をどの程度押し上げたかは「寄与度」で表される。ある年の寄与度は、当該国・地域のその年の成長率と前年の世界経済におけるシェアの積で表され、各国・地域の寄与度を足し上げると、世界全体の成長率と等しくなる(表2の「寄与度」の欄を参照)。
 表2には、参考までに、今回の成長局面の各国・地域の平均成長率に前回成長局面の基点となった2002年のシェアを掛けた値の合計値を示しているが(「A'×B」の欄)、それによると、世界の成長率は2.9%にとどまる計算となっている。2010年のシェアを前提としたIMFの予測値は3.5%であり、その差の0.6%分は、その間の世界経済の構成の変化による押し上げ分と評価することができる。


リスクと隣り合わせの成長へ

 新興国主導の緩やかな成長というメインシナリオが実現するには、世界経済が直面するさまざまなリスクが顕在化しないことが前提となる。しかし、現在の世界経済を「タイトロープ」になぞらえているのは、世界が直面しているリスクが、きわめて重大であることに加え、顕在化する可能性が無視できないほど高いためでもある。なかでもとくに深刻なリスクは、EU諸国の財政・金融危機と、中国経済の不安定性の二つの問題である。
 EU諸国のいずれかで財政が行き詰まるような事態になれば、欧州発の信用収縮が世界に波及し、2008年終盤のように、世界全体の経済活動が大幅に停滞することになりかねない。この問題に対しては、EUやIMFなどの国際的な枠組みで危機に陥った国家を支援するという政策対応の大筋は明確であり、対処は可能だと考えられる。これまでのような場当たり的な対応でも、危機を回避し続けることは不可能ではない。しかし、ドイツをはじめとする支援国では、他国の支援に自らの税金を費やすことへの反発が根強く、これまでと同様の対応を続けていては、支援が必要になるたびに、それが遅延、あるいは不足する可能性が常につきまとうことになる。今後、EUにおいては、危機国を支援する枠組みが拡充されていくと考えられるが、その場合にも、各国の政情を勘案すると、問題の深刻化の度合いに応じた段階的な拡充とならざるを得ない。そして、問題の本質である各国の財政問題は数年程度で解消されることはなく、リスクの常態化は不可避と考えられる。
 また中国に関しては、所得水準の低さから見ても成長余地が大きく、中長期的には成長を続けると想定されるが、投資と輸出主導の成長パターンに内在する不安定性のため、一時的ではあっても深刻な景気後退に陥る可能性を無視できない。中国の成長パターンのサステナビリティについては、2000年代前半から懸念され続けてきたが、これまでは問題が顕在化することはなかった。しかし、世界経済に占めるプレゼンスが大きくなったことで、中国が従来のペースで輸出を拡大していくことは困難になってきている。加えて、経済全体を上回る投資の拡大も、供給過剰や不稼動資産の累増につながり、急激なストック調整を生じさせる可能性を孕んでいる。当面はインフラ需要の拡大が見込まれることから、供給過剰が早々に表面化することは考え難いが、ストック調整の可能性とインパクトは、投資主導の成長が続けば続くほど大きくなる。この問題を根本的に解消するには、12次5カ年計画でも重視されている消費主導の成長パターンへの転換が必要となるが、それは、EUの財政問題の解消と同様、一朝一夕に実現されるとは考え難い。そして、世界の経済成長が中国に依存する度合いは上昇を続けており、中国経済が失速した場合に想定されるインパクトは年々拡大してきていることも認識しておく必要がある。


構造転換が生むダイナミズム

 今後、数年間程度であれば、これらのリスクを顕在化させずに封じ込めることは可能だろう。しかし、リスクの存在自体を解消するまでは、世界経済はタイトロープの状況から抜け出すことはできず、そのこと自体が各国・地域の経済活動を萎縮させることになる。リスクの存在を解消するには、EUと中国の構造転換が必要だ。EUにおいては、政府債務の削減や各国財政の一元化は将来のことになるとしても、危機国支援のために十分な規模の枠組みの整備や、各国の財政を相互に監視し、無理があれば修正を強制できる仕組みの導入といった構造改革が急務となる。中国においては、消費主導のサステナブルな成長パターンへの転換が望まれるが、具体的な方策としては、社会保障の枠組みの整備や幅広い生活産業の拡充などが挙げられる。また、消費拡大の前提となる購買力の向上とインフレ抑制のいずれの観点からも、人民元の切り上げも有力な選択肢になるだろう。
 さらに、世界経済がその間の成長を維持するうえでも構造転換が前提となる。それは、先進国、新興国双方での、経済の発展段階に応じた産業構造の転換である。先進国では、環境、健康、安全、娯楽などの高度なニーズに対応する新たな産業の台頭が成長の原動力となる。他方、新興国では、生産性と所得水準の低い農業から製造業への労働力のシフトが最大の成長エンジンと位置付けられ、その過程では「都市化」、すなわち農村から都市への人口移動と、農村の都市への変貌といった動きをともなうことになる。
 このように2012年以降の世界においては、重大なリスクの存在自体を解消するうえでも、経済成長を維持するうえでも、構造転換が必要となる。そして、EUや中国をはじめとする各国の政府や国際機関、さらには多くの企業も、さまざまな構造転換に向けて動きはじめている。タイトロープ・グロース下の世界は、量的な成長ペースは鈍いが、質的な変化の激しいダイナミックな時代になるだろう。


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