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三井物産戦略研究所WEBレポート
2010年6月11日アップ
2010年後半の世界政治・経済
 トピックス:米国経済の現状

危機後の落ち込み

 金融危機の震源となった米国経済では、激しい信用収縮の影響で、自動車、住宅、設備投資といった、外部からの資金調達に依存するタイプの需要が大幅に落ち込んだ。金融危機発生直前の2008年9月の水準からの下落幅は、自動車販売台数は4分の1、設備投資は約2割(実質GDPベース、2009年7-9月期からの下落幅)、住宅着工件数にいたっては4割以上の落ち込みを記録している。さらに、雇用の落ち込みも大きく、非農業雇用者数の2008年9月からの減少は最大で4.9%、直近のピークである2007年12月を基準にすると同6.1%の減少となった。その結果、失業率も、2008年9月の6.2%から2009年の10月には10%を超えるまでに上昇した。
 しかし、生産活動の落ち込みは日本や欧州に比べると軽微なものであった。実質GDPのピークからボトムへの下落率は、日本が▲8.6%、EUが同▲5.2%であったのに対して、米国は▲3.8%にとどまっている。


回復基調に入ったが経済活動は依然として低水準

 金融危機が一気に拡大してからは、公的資金を用いた金融機関への資本注入や8,000億ドル規模の景気刺激策など、米国の政策対応は、事態のさらなる深刻化を回避するうえで、大きな力となった。急激に落ち込んだ自動車販売や住宅投資も2009年の春にはほぼ底を打ち、7−9月期には成長率もプラスに転じた。そして2010年に入ると雇用も緩やかながら増加に転じ、回復感は鮮明になってきた。

米国の実質成長率の推移

 ただし、2010年前半の段階では、1−3月期の実質GDPはピーク比▲1.2%となっており、経済活動の水準は依然として低い。とくに落ち込みが大きかった自動車や住宅では、底を打ったとはいえ、上昇に転じる気配はなく、歴史的な低水準のまま停滞する状況が長引いている。雇用情勢に関しても、非農業雇用者数は5月時点ではピーク比▲5.4%、失業率は9.7%と、依然としてきわめて厳しい状況にある。

自動車販売台数の推移 住宅着工件数の推移


先進国では突出した成長力

 低迷が続いている自動車販売と住宅投資については、2000年代半ばの好況局面で、住宅を担保とするホーム・エクイティ・ローンやサブプライムローンといった金融的な手法によって過度に拡大していた面があり、今後、回復に向かったとしても、早期に当時の水準に戻ることは想定し難い。とはいえ潜在的な需要は依然として大きいため、現状の極端な低水準が続くことも考え難く、金融環境が改善に向かえば、上昇に転じるものと考えられる。また、1990年代と2000年代の回復局面では、それぞれ“Job-less Recovery”(雇用なき回復)、“Job-loss Recovery”(雇用減の回復)といった表現が使われたように、雇用の回復の遅れが顕著で、後退局面での落ち込み幅が小さかった割にはピーク時の水準に戻るまでに時間を要した。今回も、雇用の回復ペースが上がる可能性は小さく、落ち込みが極端に大きかったこともあり、ピーク時の水準への回復には、3年程度はかかることを想定しておく必要があるだろう。
 ただ米国には、移民層や貧困層を中心に、充足されていない基礎的なニーズが残されている。加えて移民層の寄与により人口も増加を続けている。これらは、先進国としての米国の内部に、成長性の高い新興国を抱え込んでいるようなものであり、基礎的な成長力の点で、米国が欧州の先進諸国や日本を大きく上回る最大の要因となっている。当面は厳しい状況が続くと考えられる米国経済であるが、この基礎的な成長力が、大きな支えになるものと考えられる。

過去の景気後退期の落ち込み幅と回復ペース
  • 「ピークまでの平均増加率」は年率換算値で、「今回」は実質GDPは2010年1-3月期、雇用者数は同5月までの平均を記載
  • 「実質GDPと雇用者数の回復時のラグ」は実質GDPのボトムから雇用者数のボトムまでの月数を記載


総論
■2010年後半の世界政治・経済−回復する経済と高まる政治リスク−
トピックス
■世界経済の構造転換と新興国の牽引力


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