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読売ADリポートojo 2000年6月号掲載
「経済を読み解く」第3回
銀行の将来像−そこに未来はあるか−

 「昔、銀行というビジネスがあった」。いささか過激な表現だが、10年後には、今のような銀行は姿を消しているだろう。それは、今の銀行のスタイルは、「護送船団方式」、すなわち大蔵省主導のカルテルを前提としたものであって、本格的な競争の時代には適していないからだ。今、銀行ビジネスは変革のときを迎えている。


苦境に立つ銀行

 護送船団の時代には、金利も商品も規制の枠にはめられる反面、銀行が確実に利益を出せるような仕組みになっていた。しかも、国がバックについているという暗黙の了解のために、銀行預金は「安全・確実」を歌い文句に、人々のお金を吸収できた。しかし、金融市場のグローバル化やバブルの崩壊によって護送船団方式という大前提が崩れてしまった。銀行は、利益を出すためには競争に勝たなければならなくなったのである。
 また、銀行預金の商品性も劣化している。金利の低さはここ数年来文句をいわれ続けているし、最大のウリである安全性も、ペイオフ凍結が解除されれば怪しくなる。投資信託(投信)など、さまざまな金融商品の登場で、預金の魅力はさらに薄まる。
 いずれ銀行といえども、預金だけではお金を集められなくなり、既に販売している投信をはじめ、多彩な金融商品を扱わざるを得なくなるだろう。そうなると、お金を「預かる」という感覚ではついていけない。金融商品を「売る」感覚、センスが必要だ。
 一方、融資事業も厳しさを増している。大手企業は、株式や社債の発行で資金を調達するようになってきた。彼らを相手にしたビジネスは、証券化やデリバティブなどの金融技術を駆使して、企業の金融活動をサポートすることが中心になる。
 資金調達の面で銀行を頼ってくれそうなのは、成長途上の若い企業や、創業を図るベンチャー企業だ。しかし、彼らに対して担保に頼った融資しかできないようでは仕事にならない。また、ベンチャーに対しては、失敗したときに回収が有利な「融資」よりも、成功した場合の見返りが大きい「投資」や「出資」の方が適している場合も多い。そのため、有望な企業を発掘し、その将来性を見極める力が欠かせなくなる。


時代の流れは分離・解体へ

 ネットを通じて金融商品を販売する企業や、ベンチャーを対象とした投資会社など、金融ビジネスのさまざまな領域で、新たなライバルが動きはじめている。これらと競い合うためにも、これからの銀行は、金融商品の販売、企業の金融サポート、成長企業への投資、といったビジネスごとに異なった専門性が必要になる。
 何でも屋の銀行員はもう要らない。それぞれのビジネスで、プロフェッショナルが求められる。そうした人材を採用したり育てたりしようと思うと、それらのビジネスが一つの企業のなかで混然としていたのでは難しい。
 また、多彩な金融商品を販売して集めたお金を、銀行が自由に運用することはできない。ベンチャーへの投資に回すお金は、はじめからその前提で集める必要がある。つまり、お金の流れの面でも、銀行は一体では動けなくなる。
 結局、銀行は今までのビジネスを分離・解体して、事業ごとに独自の人事体系とお金の流れを構築しないと、効率的、機動的な事業展開ができないということだ。
 大手銀行は、大型合併によって規模の拡大を図っている。しかし、それだけで競争に勝ち残ることは難しい。実際に銀行がどう動くかはこれからの話だが、時代は確実に、銀行ビジネスの解体を迫っている。


ブランドとしての「銀行」

 そうしたなか、新たに銀行を作ろうという試みもある。イトーヨーカ堂やソニーの計画がそれだ。何人かの金融のプロが集まって、銀行をゼロから立ち上げようという動きもある。
 彼らが考えているのは、証券会社の資格で決済業務を行おうというトヨタ自動車の計画と同様、必ずしも銀行でなくても可能な事業だ。それなのに、なぜ銀行なのか。面倒な認可の手続きはあるし、設立後もさまざまな規制に縛られることになる。
 そうした犠牲を払ってまで彼らが手に入れようとしているのは、「安全・確実」の代名詞としての「銀行」というブランドなのだろう。
 問題は、消費者がそうした幻想を依然として持っているのかどうかだ。日本の製造業が世界一だといいながら舶来品信仰が根強く残っているように、バブルの崩壊や金融不祥事を経てもなお、銀行ブランドはパワーを持っているのだろうか。もしそうであれば、銀行ブランドの価値を維持することは、既存の銀行にとって生き残り戦略のカギとなるだろう。しかし、現状では、消費者よりもむしろ、銀行経営者の方がその幻想に捕らえられているように思える。それが新時代への適応を遅れさせ、ますます銀行の苦境を深めるようなことになれば、それは随分と皮肉な話といえるだろう。


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