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チェーンストアエイジ 2002年8月1日号掲載
目前に迫る注目グローバルリテーラー−日本上陸のシナリオ−

 世界最大の流通企業ウォルマートに続き、テスコ(英)、メトロ(独)、アホールド(蘭)など、世界規模のリテーラーの日本進出が予想されている。今回は、巨大グローバルリテーラーがどのような戦略で日本に進出してくるのか、また、その結果、日本の流通業界にどのような影響が及ぶのかを考えてみたい。


1.成長の限界と資本の論理

 多くのグローバルリテーラーに共通する背景は、自国市場での成長が限界に達しつつあるという点である。少なくとも、国内での事業展開だけでは株主を満足させられるだけの成長性を維持できなくなってきている。
 その背景は、大きく二つのタイプに分けられる。一つは、自国の商業規制の厳しさが要因になっているタイプで、フランスやドイツの大手流通業がそれにあてはまる。カルフールやメトロである。カルフールは、フランス国内ではここ数年、主力業態であるハイパーマーケットを新設できない状態にある。その反面、これらの国では、大規模店間の競争が緩やかで、企業としては利益を出しやすい状況でもある。規制によって、成長性を奪われる一方で、収益性は確保しやすい構造になっているわけだ。
 もう一方は、自社および同業者が巨大になりすぎ、国内市場が飽和しつつあるタイプである。一社で国内食品市場の約3割を押さえているアホールド(店舗名はアルバートハイン)、上位5社で食品市場の6割を占めるにいたっている英国の最大手テスコ。世界最大の消費市場を舞台に世界最大の流通企業となったウォルマートも、このタイプだ。いずれも、厳しい競争の末にライバルを飲み込み、あるいは打ち倒し、確固たる収益基盤を築いた企業である。また、このタイプの企業が存在している国は、早くから資本市場が発達し、成長資金を調達しやすかった反面、常に投資家の厳しいチェックにさらされてきたという点でも共通している。
 どちらのタイプであれ、高い収益性を維持しながら成長の限界に直面したことが、国外進出を促したという点は変わらない。高収益は投資資金の豊富さに直結する。成長余地に見合う以上の投資資金は、行き場口を求めて国外に溢れ出した。グローバルリテーラーの国外進出は、いわば「資本の論理」に促されたものだったのである。


2.成否を分ける小売の論理

 巨大な投資資金を武器にしたグローバルリテーラーといえども、進出先の消費者ニーズと商業規制に適応した事業でなければ成功はおぼつかない。「資本の論理」だけでなく、「小売の論理」に則ったものであることが必要だ。
 国外での事業の成功事例として典型的なのは、流通産業が未成熟で地元勢との競合のない地域で、店舗を開設していくパターンである。南欧、東欧、南米、アジアの国々が対象となる。このパターンでは、本国で展開している業態に関わらず、ハイパーマーケットをはじめとする大型総合業態が主力となっている。
 自国で大型総合業態を主力としているカルフールやメトロはもちろん、英国内ではスーパーストア業態(大型の食品スーパー)主力で、総合業態の経験がほとんどなかったテスコも、ハンガリーやポーランド、タイなどでの事業には、ハイパーマーケットでの展開を選択している。これは、近代的な小売業態がなく、ワンストップ型の業態へのニーズが強いという現地の事情を受けてのものだ。グローバルリテーラーの国外での事業は、自国内でどのような業態を展開しているかには必ずしも縛られないということだ。
 他方、日本、米国、西欧、北欧といった流通先進地域では、進出してきた国外勢による自力での総合業態の店舗展開は、いずれもうまくいっていない。カルフールの英国進出などがそうだ。高品質のPB商品を武器に欧州大陸諸国で事業展開してきた英国のマークス・アンド・スペンサーも、昨年末のパリ店の閉鎖など、大陸欧州からは完全に撤退することを決めた。
 流通業が成熟した地域では、流通業のビジネスモデルは、消費者や商業規制といった事業環境に適応する形で、国ごとに異なった進化を遂げてきた。一般的に言って、他国に適応したビジネスモデルを導入しようとしても、地元勢のモデルにはかなわない。かといって、競合する地元勢と同じビジネスモデルで後追い的に事業を展開したのでは、技術などの面で少々の優位性があっても、事業トータルで競争に打ち勝つことは難しい。この傾向は、日用的な商品を総合的に扱う大型業態では、とくに顕著に表れる。
 流通業が成熟した国への進出は、地元企業との提携なしには考えにくい。それも、ある程度の事業基盤を築いている企業と組むことが必要だ。このパターンでは、グローバルリテーラーのノウハウや調達力、資本力を加えることで企業価値を高め得る企業への資本参加が前提となる。アホールドによる一連の米国スーパーマーケット・チェーンの買収、ウォルマートのアズダ(英)買収などがそれだ。ウォルマート−西友のケースも、このパターンを目指したものと言えるだろう。


3.激変した日本の事業環境

 グローバルリテーラーの資本の圧力は、日本にも押し寄せてきている。景気はパッとしないが、総計150兆円に達する世界第2位の小売市場を擁し、ネックの一つであった地価は大幅に下落している。株価の低迷も、企業買収を考えるうえでは好条件となる。しかし、流通企業にとっての日本の事業環境は、90年代初頭の大店法緩和を境に、それ以前とはまったく異質なものとなっている。
 欧米の流通先進国の例を見ると、フランスやドイツのように、商業規制が厳しく競争が緩やかな国では、複数の総合業態企業が流通の主役として並存する構造になっている。逆に、英国や米国のように、規制が比較的緩やかで競争が厳しい国では、大型総合業態では競争力の強いごく少数の企業だけが生き残る一方で、専門特化型の業態が発達する傾向が見られる。大型総合業態は、事業規模の拡大余地が大きい反面、厳しい競争環境下では消耗戦的な価格競争に巻き込まれやすいという性質があるためだ。
 日本の事業環境は大店法時代には独・仏型で、複数の大手GMSが揃って成長を続けることができた。ところが、大店法の緩和によって、事業環境は一気に英・米型に移行した。その結果起きたのが、大規模店、チェーン店の大量出店だ。ユニクロ(ファーストリテイリング)、しまむら、コジマ、マツモトキヨシなどの専門特化型業態が新たな主役として成長する一方で、かつての主役であったGMSの多くが、消耗戦的な価格競争に巻き込まれ、危機的な状況に陥った。
 環境が変われば、従来の環境に適応してきた者は、新たな進化の道を探るか、さもなければ滅んでいくしかない。イオングループは、専門特化型業態と手を組んだショッピングセンターの展開に活路を見出したが、マイカル、長崎屋は滅んでいった。ダイエー、西友も大量の店舗閉鎖による縮小均衡を迫られている。GMSとして健在なのはイトーヨーカ堂と、ユニー、イズミ、平和堂など、圧倒的なドミナント地域を確保している地方勢だけという状況だ。これは、圧倒的な強者であるウォルマートと、ターゲットなどニッチを見いだした企業だけが生き残っている米国の状況とオーバーラップする。
 日本の流通業界は、食品スーパーやコンビニも含めた専門特化型業態が上位を占める構造に変化しつつある。環境が英・米型に変化したのにともない、業界構造も英・米型に変貌を遂げようとしているのである。


4.予想される日本進攻戦略

 こう考えてくると、独力で総合業態ハイパーマーケットを展開しようとしているカルフールの戦略は、かなりの無理筋だということが理解できるだろう。既存の国内企業、それもある程度の事業基盤を既に築いている企業の買収、ないしは資本参加という形でない限り、流通産業が成熟している日本への進出は難しい。加えて、英・米型に変質した日本市場で、新たに大型総合業態で事業を展開していくことは、きわめて困難である。
 その点で、ウォルマートの戦略は、西友と住友商事というパートナーを得ての参入であり、カルフールのケースよりは有望であることは間違いない。そのうえで、段階的な資本参加という慎重な姿勢を崩していないのは、英・米型に転じた日本市場での事業の難しさを十分に認識しているためだろう。
 ウォルマート−西友の場合もそうだが、グローバルリテーラーが日本で事業を展開する際の最大の問題は、どういう業態を選択するかである。当然、それによって、組む相手、買収する企業も違ってくる。
 単純に考えれば、大型総合業態よりも食品スーパーをはじめとする専門特化型業態の方が有利だろう。しかし、投資の観点からは、そう単純に考えるわけにはいかない。市場での評価が過度に落ちていると判断できれば、危機に瀕している総合業態の買収にも妙味はある。国際的な事業展開で培ってきたノウハウを提供することで、企業価値が高まるのであれば、利益は大きい。
 その意味で、グローバルリテーラーの資本参加は、単なる投資ファンドの場合よりも、成功する可能性が高いと言える。単に、グローバルリテーラーとの提携が発表されただけで、その企業の株価が跳ね上がるケースもあるくらいだ。ウォルマートの資本参加を発表した西友の場合もそうであった。グローバルリテーラーのパワーに対する市場の評価が、イリュージョン(幻想)も含めて依然として高いことの証左である。
 そう考えると、グローバルリテーラーのパートナー候補は、業績不振で評価を落としている大手GMSと、堅調な業績を維持している各地域を代表する食品スーパーといったあたりが考えやすい。食品スーパーの場合には、最大手の数社と組むケース以外では、複数の企業を順次組み込んでいく戦略が想定される。その場合には、地域一番手企業に対抗している二番手、三番手あたりの食品スーパーも対象となるだろう。
 同様に、DIYに特化できずにバラエティストア化しているホームセンターという線もあり得る。資金力のあるグローバルリテーラーを媒介に、食品スーパーとホームセンターといった、異なる業態の企業同士が手を組むケースも考えられる。


5.グローバルリテーラーのインパクト

 グローバルリテーラーの日本進出によってもたらされるのは、流通業の業界地図の大幅な書き換えということになるだろう。彼らの資本力をテコに、地域や業態をまたがる連携が成立する可能性もある。
 また、縮小均衡を迫られている「負け組」の企業や、既に破綻した企業の店舗が、グローバルリテーラーの傘下に入ることで活力を取り戻すこともあり得る。その場合にはオーバーストアの解消が遅れ、消耗戦的な状況がさらに長引くことになるだろう。それとは逆に、潤沢な資金を使うことで店舗の整理が一気に進むことも考えられる。そのどちらに転ぶかで、日本の流通業の事業環境は、まったく違ったものとなる。
 その意味で、日本の流通業界全体にとって、グローバルリテーラー参入のインパクトは大きいと言えるだろう。個々の企業にとっても、進出してくる彼らを味方につけるのか、それとも敵に回すのかは、きわめて重大な選択だ。グローバルリテーラーとどういう形で向き合うのか。ここ数年のうちに、多くの流通企業が、厳しい決断を迫られることになるだろう。


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