Works
The World Compass(三井物産戦略研究所機関誌)
2002年3月号掲載
特集「リテールを考える」
欧州・日本の対照からの考察

 欧州流通業の視察をスタートして改めて感じたのは、各国、各地域がそれぞれの歴史のなかで、それぞれ独自の業態、ビジネスモデルを育ててきたのだということである。欧州では、日本や米国では見たことのないタイプの店舗に出会うことがしばしばある。そのようなケースでは、既に知っている業態との比較を通して理解しようとすることが多いのだが、今回の欧州視察においても、当初は、初めて接する欧州の業態を、これまで見てきた日本や米国の業態との比較で理解しようという発想がもっぱらであった。
 しかし次第に、欧州の業態との比較で日本や米国の各種業態を改めて理解しなおそうという発想も生まれてきた。これまでは流通業について、日本と米国を結ぶ直線上でしか考えることができなかった。それが、その直線上にはない欧州を見ることで、はじめて流通ビジネスの全体像を立体的に捉えることが可能になるのではないかと感じている。今はまだその入り口に立った段階に過ぎないが、以下、これまでの見聞を通じて考えたことを記してみたい。


英国と日本の明暗

 英国の上位流通企業、Tesco、Sainsbury、Safeweyが主力として展開している"Super Store"という業態、そしてそれを展開する各社のビジネスモデルも、日本や米国では見られないものである。Super Storeは、商品構成、店舗形態の面では、食品を中心に、シャンプー、石鹸、トイレットペーパー等の日用雑貨、消耗品を揃え、衣料品はほとんど扱っていない。これは、日本の食品スーパーや米国のSuper Marketと同様の構成である。

TescoのSuper Store SainsburyのSuper Store
各社のSuper Storeのフォーマットは、基本的な部分ではほぼ共通している。生鮮食品、加工食品、酒類、日用雑貨等、食品スーパーのラインアップに加え、ドラッグ・ストアを内包した形態。肉、魚、惣菜、菓子、パンの店内加工・対面販売の売場が設けられている。ファーストフードのテナントを入れたフードコートの入った店舗もある。
(写真をクリックすると拡大画像を表示します。)


 Super Storeを展開しているTescoは売上高(付加価値税控除後)210億ポンド(約4.0兆円、2001年2月期)、Sainsburyは同172ポンド(約3.3兆円、2001年3月期)で、企業規模の面では英国流通業の首位と第二位。Safewayも第三位にランクされている。この点、衣料品中心の総合業態、GMS(総合量販店)を主力とする企業が上位を占めてきた日本の流通業の勢力地図とは、大きく異なっている。
 近年の英国と日本の流通企業の業績を見ると、英国は堅調、日本は不振という印象が強い。これはもちろん、両国の経済情勢の違いによるところが大きいが、それに加えて、上記のような勢力地図の違いも影響している。というのは、食品プラス日用品に限定した業態を主力としている企業が比較的好調であるのに対して、衣料品を含む総合業態を主力としている企業が不振だという点は、両国に共通しているからだ。
 日本では、食品主力型の食品スーパーやコンビニが堅調である一方、大手GMSが軒並み不振で、長崎屋、マイカルが破綻、ダイエーも金融機関の巨額の支援を得ての事業再建を余儀なくされている。英国でも、Super Storeを主力とする企業が好調であるのに対して、衣料品を主力とする同国第四位のMarks & Spencerが2001年3月期まで3年連続減収と、明暗を分けている。このように、食品中心型業態の好調と、衣料品中心型業態の明暗が、英国と日本の流通業の明暗を分ける形になっているのである。

英国上位流通企業の2000年度業績
売上高
(2000年度)
売上高
成長率
税引前
純利益
自己資本
利益率
店舗数
(内・国外)
Tesco 210億ポンド 11.7% 10.5億ポンド 19.5% 907(215)
Sainsbury 172億ポンド 6.0% 5.5億ポンド 11.5% 638(185)
Safeway 83億ポンド 7.2% 3.2億ポンド 14.5% 477 (12)
Marks & Spencer 81億ポンド −1.5% 1.5億ポンド 3.1% 492(178)
  • 売上高は、いずれもVATを除いた額を記載


英国Super Storeのビジネスモデル

 以上のような状況をみると、二つの疑問が生じる。第一には、なぜ英国では食品中心型の企業が上位を占め、日本ではそうなっていないのか。それに答えるためのヒントは、Super Store業態の店舗そのものにある。Super Storeの特徴としては、まずはその大きさが挙げられる。Super Storeは、単層で売場面積2,500u前後と、米国の大型Super Marketよりも一回り大きく、大店法時代の名残で売場面積500u未満の店舗が数多く残る日本の食品スーパーを見慣れた目からすると、巨大とさえ言える規模だ。
 日本でも、大店法の緩和を受けた90年代の半ばには、2,000uを超える食品スーパーの開設が目立った。しかしその多くは、従来の商品構成では売場を埋めきれず、慣れない衣料品を導入して、その結果、業績を悪化させてしまった。
 それでは、英国のSuper Storeは、何をもって売場を埋めているのか。その主役となっているのは、きわめて多彩な調理済み食品の品揃えである。電子レンジやオーブンで再加熱するだけですぐ食べられるものに加え、焼くだけ、揚げるだけの半調理済み食材も多い。その点で、生鮮食品を主力とする日本の食品スーパーとは著しい違いを見せている。そして、この違いが、両者の企業規模の違いの原因となっている。

英国のSuper Storeが主力とするPB食品
(写真をクリックすると拡大画像を表示します。)


 農産物、水産物である生鮮食品を主力商品とする日本の食品スーパーの場合には、地元の生産者、消費者との密着度が競争力のカギとなるため、地域ごとのドミナント企業が地元をがっちりと押さえてきた。その結果、現在にいたるまで、地域ごとに群雄割拠の状態が続き、食品スーパーの中からは全国に店舗展開した大手企業は生まれてこなかったのである。
 それに対して、英国のSuper Storeが主力とする調理済み食品は工業製品であり、その調達においては、企業としての事業規模が重要な要素となる。そのため、規模の大きな企業が小さな企業を駆逐し、また買収や合併を繰り返す形で、上位集中が進んできたのである。
 加えて、PB(プライベートブランド)化の流れが、寡占化をさらに促進させたものと考えられる。Super Storeでは、主力の調理済み食品をはじめ加工食品や消耗品など大半のカテゴリーに自社開発のPBが導入されている。PBは自社だけで取り扱う商品であり、他社店舗との差別化が図れ、顧客のロイヤリティの向上、繋ぎ止めに役立つ。PBの開発・製造には、商品を仕入れる場合以上に、事業規模の差が影響してくる。それが、事業規模の格差と収益力の格差のスパイラル的な拡大をもたらし、上位集中の流れを加速させたのである。
 Super Storeは、店舗こそ食品スーパーに似ているものの、調理済み食品主力、高PB比率という特徴と、それを実現させているビジネスモデルに注目すると、日本の業態でいえば、むしろコンビニに近い。PBの開発力という製造業的な機能の獲得に加えて、小売基点のSCMの構築が進められた点も、両者に共通している。コンビニもSuper Storeと同様に、店舗展開の広域化、企業規模の拡大が進行し、売上ランキングの上位に名を連ねるようになっている。その意味では、日本の流通業界の勢力地図も、食品主力型企業の上位進出で、英国と似た形になりつつあると言えるだろう。


総合業態の明暗

 第二の疑問は、日本、英国双方で、なぜ衣料品中心型の総合業態が不振なのかという点だ。この問題を考えるにあたっては、以下の二点を考慮に入れておく必要がある。
 第一に、日本、英国ともに、衣料品を扱うビジネスすべてが低迷しているわけではないという点である。日本では、ここにきて頭打ちの感が出てきたとはいえ、ここ数年のユニクロ(ファースト・リテーリング)の躍進は目覚しかった。英国においては、衣料品チェーン"Next"が年々二桁の成長ペースを維持している。
 第二に、衣料品を含む総合業態が、世界中で不振なわけでもないという点である。売上規模で世界の一位、二位を占めるWalmart(米)、Corrfour(仏)の両社は、Walmartは"Discount Store"と"Super Center"、Corrfourは"Hyper Market"と、いずれも衣料品を含む総合業態を主力として躍進を続けている。
 こうした事象の背景には、「衣」の分野において、消費水準の高度化にともなってファッション性や流行に左右される領域が拡大している一方で、基礎的、日常的な衣料品需要も依然として残っており、市場が「ファッション」と「ベーシック」という性格のまったく異なる二つの領域に分化しつつあるという流れがある。
 衣料品を扱うビジネスの明暗は、第一には、そうした潮流に見合った事業展開をできているかで分かれてくる。好調を維持するWalmart、Corrfourは、低価格を前面に打ち出し、消費者の生活のベーシックなニーズに応えることに徹してきた。他方、Marks & Spencerや日本のGMSは、消費者のどのようなニーズに応えるのかを、明確にできずにいたのではないか。

Marks & Spencerの店舗
高品質なPB衣料品の売場を中心に、小型のSuper Storeを加えた形態。写真は、ロンドンの中心街Oxford Streetに設けられた旗艦店。
(写真をクリックすると拡大画像を表示します。)


 Marks & Spencerは、その点での軌道修正を図り、従来の品質重視から、ファッション性と価格にも配慮した商品展開によって、2001年には売上低迷を脱する兆しが見えてきた。それに対して、日本のGMSは、依然としてストライク・ゾーンを見つけられずにいる。「ハイパーマート」で低価格業態を模索したダイエーの試みも、企業名と店舗名を変えてまで高級路線への移行を目指したマイカルの路線も、いずれも失敗に終わった。ただ、その失敗の背景には、競争環境の違いという、もう一つのファクターがあった。
 Corrfourの場合には、Leclerc、Auchanなど、フランスでHyper Marketを展開するライバルは存在するものの、出店規制の厳格化によって、大型店舗の新設はきわめて難しい状態にある。もともと店舗数が多くなかったうえに新規出店がほとんどない状態で、既存店は極端な価格競争に巻き込まれることはなく、安定した収益を上げることが可能であった。

CorrfourのHyper Market 公園の地下に作られたHyper Market
店舗は標準化されておらず、立地にあわせて商品構成、店舗レイアウトをさまざまに変えている。パリの都心部に近い立地では、公園の地下に設置された店舗も見られた。商品構成の中心は食品だが、衣料品、家電、DIY関連等、広範囲に及ぶ。
(写真をクリックすると拡大画像を表示します。)


 また、Walmartは米国のベーシック市場で、ライバルを寄せ付けない事業規模を持ち、価格決定において完全に主導権を握っている。同じ路線で展開してきたK-Martの破綻で、その構図は一層明確になった。Marks & Spencerも同様の状況で、英国内の衣料品を含む総合業態としては、圧倒的な事業規模を持っている。
 それらと対照的に、きわめて厳しい競争環境にあったのが日本である。大店法が緩和された80年代末以降は、GMS各社による出店競争と泥沼の価格競争が繰り広げられ、それが現在の収益低迷、さらには経営破綻をもたらしたのである。
 しかし、その結果として、日本の総合業態の競争環境は様変わりした。マイカル、長崎屋は消滅し、ダイエーも多数の店舗閉鎖を余儀なくされている。イオン・グループ(ジャスコ)は、「超・郊外」での店舗展開と、衣料品の直営のウェイトを抑えたショッピングセンター開発によって、既存のGMS路線からの脱却を明確にした。GMS主力企業として生き残ったのは、事実上、イトーヨーカ堂ただ一社である。激しい競争の過程で収益を悪化させながらつかんだ傷だらけの勝利ではあるが、同社はようやく、欧米の大手流通企業に近い事業環境を手にしつつある。


成長の方向性

 それぞれの市場で覇権を確立した世界のトップ・リテーラーは、新たな方向への成長を志向し始めている。欧州では、寡占化が進行した英国の上位二社と、出店規制が厳しく国内に成長余地を求められないCorrfourがその典型である。それぞれに重点の置き方は違うが、いずれにも共通しているのが新業態の展開と、国外への進出である。
 新業態展開の面では、英国の上位二社、TescoとSainsburyが着手したHyper Market業態の展開が興味深い。衣料品の分野で、品質の高さを売りものにするMarks & Spencerとの競合がどうなっていくのか。この推移からは、価格訴求型の総合業態が手薄な日本の流通業界の今後を見通す上でも、さまざまなヒントが得られるだろう。

Tesco-Extra Sainsbury-Sava Centre
英国の上位二社が展開するHyper Market業態の店舗。売場面積4,000uを超える巨観店で、衣料品、家電などまで、品揃えの幅を広げている。(写真をクリックすると拡大画像を表示します。)


 国外進出の面では、米・英・仏・独など流通産業が既に発達している市場へは企業買収、南欧、中東欧、アジア、南米など、そうでない市場へは店舗開設という形にほぼ絞られつつある。日本に対しては、これまでは、Corrfourや英国のドラッグストア・チェーン"Boots"、フランスの化粧品チェーン"Sephora"など、独自の店舗開発による進出が中心であった。しかし、BootsとSephoraは既に撤退を決め、Corrfourも出店計画の縮小を余儀なくされている。こうした展開から考えても、今後は、日本の企業との提携や買収といった形の進出へ移行していくものと考えられる。
 今後の視察にあたっては、こうした新しい動きをフォローするとともに、今回触れなかった住関連市場や専門店の動向にも注目していこうと考えている。


関連レポート

■消費とリテールの国際比較−経済の成熟化とパブリック・ニーズ−
 (日経BP社webサイト“Realtime Retail”連載 2005年10月6日公開)

<連載 流通産業 欧州からの視点>
■vol.1 流通産業構造−国ごとの独自性の背景−
 (The World Compass 2002年7-8月号掲載)
■vol.2 商業規制−マクロの視点と生活者の視点−
 (The World Compass 2002年9月号掲載)
■vol.3 リテールビジネスの国際展開−「資本の論理」と「小売の論理」−
 (The World Compass 2002年10月号掲載)

■日本の小売市場動向
 (チェーンストアエイジ 2002年9月1日号掲載)


Works総リスト
<< TOPページへ戻る
<< アンケートにご協力ください
Copyright(C)2003