Works
The World Compass(三井物産戦略研究所機関誌)
2000年6月号掲載
米国経済の好調を支えた流通業

 快調に走り続ける米国経済。それを支えているのが株価の上昇と労働効率の改善、すなわち生産性の向上の二つであることは間違いない。そのうち、株価の上昇はバブルである可能性も高く、手放しで喜べる話ではないが、生産性の向上は、90年代後半の米国経済最大の成果といえる。
 その背景にはITの急発展があったと考えられている。そのため、IT関連と目される情報通信機器メーカーやソフトウエアなどの産業、あるいは新興のネット・ビジネスに注目が集まってきた。しかし、統計データを見ていくと、流通業こそが生産性向上の主役であったことがうかがえる。米国の労働生産性の向上は96年から加速している。産業別のデータがそろう96年、97年の2年間でみると、全産業平均の労働生産性は年率1.4%上昇しているが、流通業による寄与が、その大半を占めている(下表)。

米国の産業別の雇用者数と労働生産性の変化
(単位:%、%ポイント)
雇用者数 労働生産性
増加率 寄与度 上昇率 寄与度
民間計 2.7 2.7 1.4 1.4
 製造業 0.4 0.1 3.4 0.6
  機械製造業 1.8 0.1 10.1 0.7
  その他製造業 ▲0.3 ▲0.0 ▲1.8 ▲0.2
 流通業 2.0 0.5 5.2 1.4
  卸売業 2.0 0.1 5.9 0.4
  小売業 2.0 0.4 4.7 0.9
 その他産業 3.8 2.1 ▲0.5 ▲0.3

 前述のいわゆるIT産業がITを供給する産業であるのに対して、流通業は、ITを有効に活用している産業といえる。ITによって、商品の受発注の仕組みや輸送システム、小売店頭での販売業務などが飛躍的に効率化した。また、需要予測の精緻化と、注文から納品までの期間の短縮で、必要な在庫量の圧縮にもつながった。IT産業が供給する機器、システムを、流通業が効果的に活用したことで経済全体の効率化が達成されたのである。
 生産活動の効率化は、経済にさまざまな影響を及ぼす。効率が上がって生産が増えて給料も増える。仕事が減って余裕ができる。仕事が減って失業が増える。コストが下がって企業は儲かり、物価は安くなる。
 これらの効果のうち、失業の増加以外は歓迎できるものだ。90年代の米国では、失業は増えるどころか大幅に減少し、失業率は30年ぶりの低水準を記録している。これは、効率化の影響が雇用の節約以上に生産拡大に結び付いたためだが、それには需要の拡大を促すことが不可欠であった。そして、そこでも流通業が大きな役割を果たしている。
 流通業が効率化を需要の拡大に結び付ける方策には、大きく分けて二つある。一つは、効率化によるコスト低下分を価格の引き下げに反映させるスタイルだ。価格を引き下げることで顧客をひき付け売上げを伸ばす。自らも店舗網を拡大し、その結果、差し引きで雇用を増やす。その典型が、ディスカウンター業態を主力とする世界最大の小売企業ウォルマートといえるだろう。
 もう一つの需要拡大策は、効率化で浮いたコストを、新たな付加価値の創造につなげる戦略である。ウォルマートなど強力なディスカウンターに価格競争では対抗できなくなった業態、企業の生き残り戦略という側面もある。
 典型的な例がスーパーマーケットのHMR(Home Meal Replacement=家庭で作る料理に代わる調理済み食品の提供)強化の動きだ。イベントの開催やインストラクターを置くことで顧客をひき付けるスポーツ用品店チェーンなどの例もある。
 店頭での直接的なサービス強化だけでなく、PB商品の企画・調達や個性的な店舗設計など、チェーン本部機能の強化も目立つ。オーガニックをキーワードにした品ぞろえで健康志向の強い顧客をひき付けている食品スーパーや、女性をターゲットに据えたホームセンターなど、米国では、きわめて多彩な流通企業が活躍している。
 これらの方策によって、米国の流通業は、経済全体の効率化に加えて、消費需要の喚起と雇用拡大にも大きな貢献を果たしてきたのである。

 以上のような米国流通業の動向は、日本の流通業にとっても、大いに参考になるだろう。経済の不振を背景に消費者の態度が慎重なものになっている現状では、魅力的な商品の開発や、サービスとの組み合わせによって消費者をひき付けていくことは、従来以上に重要になっている。それは、単に流通企業の生き残りだけでなく、消費需要を喚起し、日本経済全体を再び活性化させることにもつながる。今、日本経済復興のカギは流通業が握っている。


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