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読売isペリジー 2010年10月発行号掲載
連載「経済、最初の一歩」第6回
高齢化の何が問題か

 現在の、そしてこれからの日本の社会、経済を考えるうえで、最も重要かつ確実なファクターと位置づけられるのは、「高齢化」のベクトルでしょう。一般には、高齢化というと、人が年老いて体力、気力を失っていくイメージと重ね合わせて、悲観的な話になりがちです。そこで今回は、実際のところ、高齢化によってどのような問題が生じるのか、そもそものところから整理してみましょう。


長寿化と少子化の合成

 「高齢化」とは、ある国や地域の人口に占める高齢者の比率が高まることを指しますが、日本の高齢化は、「長寿化」と「少子化」という、二つの大きな流れが組み合わさった結果ととらえることができます。長寿化は、医療技術の進歩や生活水準の向上によって、人々が長生きできるようになったということですから、基本的には喜ばしいことであり、その結果、高齢者の人口が増加を続けています。他方、人々の所得水準が向上したことで、お金で買える楽しみが多様化、高度化し、それが若い世代の人々に、子育てに時間とエネルギーを費やすことを躊躇させる傾向が生じてきました。その結果が少子化の潮流で、当初は子供の数、続いて若者の数、さらには生産活動を担う労働力人口が減少に転じています。これら二つの流れが重なったことで、日本の人口に占める高齢者の比率は上昇を続けているのです。65歳以上の高齢者の比率は、1990年には総人口の12%に過ぎませんでしたが、2010年には23%まで上昇しており、2030年には32%、2050年には40%まで上昇すると予想されています(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口・平成18年12月推計」の「出生中位・死亡中位」の推計結果より。以下同様)。

日本の総人口と高齢者比率の見通し
  • 出所:国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成18年12月推計)」
  • 「出生中位・死亡中位」の推計結果から作成

 高齢化の潮流は1950年代以降、一貫して進んできていますが、2000年代の半ばには、大きな転機を迎えました。従来は、子供や若年層の減少よりも高齢者の増加が大きかったため、総人口は増加を続けていたのですが、少子化の影響が長寿化の効果を上回るようになったことで、2005年から2007年あたりをピークに日本の人口は減少に転じました。言い換えると、高齢化の主因が長寿化から少子化に移ったことで、日本の社会、経済は人口減少という新たなファクターを抱えることになったのです。


高齢化の弊害

 高齢者比率の上昇と人口の減少という二つのベクトルは、これからの日本経済にとって大きな懸念材料となっています。この連載の第一回(2008年10月、「日本経済の『今』」)では、日本経済が、豊かではあるが成長性の乏しい「大人の時代」を迎えているという話を書きましたが、高齢化の潮流は、成長性を一段と低下させ、そのうえ、実現した豊かさをも減退させる可能性があるのです。
 まず、人口の減少は、需要・供給両面で、経済の成長力を低下させる要因となります。一般に、経済の成長率は、人口の増加率と、一人当たり生産額の増加率の合計になります。近年の人口増加率はほぼ0ですが、それが2030年代後半には、年間1%程度の減少になります。その分、経済成長率は低下するわけです。もう一方の一人当たり生産額の増加率は、2000年から金融危機前の2007年までの平均で1.6%ありますから、これが変わらなければマイナス成長にはなりませんが、成長ペースの低下はほぼ確実と言えるでしょう。この点は、連載の第一回で書いた、低成長の時代への覚悟と対応が必要だという話と重なります。
 また、高齢者比率の上昇は、生産活動に参加する人の割合の低下につながり、経済全体としての供給力不足から国民一人ひとりの生活水準が低下する懸念が生じます。生産年齢人口(15歳から64歳までの人口)の比率の変化から計算すると、最も厳しい2030年代後半には、人口構成要因で年間1%程度、生活水準を低下させることになります。これも、一人当たり生産額の増加がプラスの要因として働くため、近年の増加率が保てれば、生活水準が低下することはありません。また、それまでのプラスの蓄積もあるため、少なくとも2010年の現状より悪くなる可能性はほとんどないと言えるでしょう。
 これだけであれば、「豊かだが低成長」という「大人の時代」の傾向を一段と強めるだけということになりますが、高齢化の潮流は、もう一つ、きわめて大きな問題を生じさせます。分配の問題です。単純に人口構成だけで表すと、2010年には64人の現役世代が生産した商品・サービスを、13人の子供と23人の高齢者を合わせて100人で消費する形になっています。子供から高齢者まで均等に分け合うとすると、現役世代は自分たちの生産物の23%を、社会保障や税財政の仕組みを通じて高齢者に分配していることになります。それが2050年には40%にまで上昇してしまうわけです。具体的に言えば、年金や医療などの負担の増加や消費税率の引き上げは避けられないでしょう。たとえ平均的な生活水準が向上するのだとしても、自分の稼ぎのうち40%を何らかの形で高齢者に回すというのでは、現役世代の不満が高まってくることは十分に考えられます。それは、世代間の対立を軸とする社会不安にも結びつきかねません。高齢化時代に向けた最も大きな懸念材料です。


解決のカギは「生涯現役化」

 そうした時代に立ち向かっていくためのカギとなるのが、「生涯現役社会」のコンセプトです。これは、年を取ってからも、それぞれの事情や意欲にあわせて、誰もが何らかの仕事を続けられるようにしていこうという考え方です。年を取ってからも、暮らしていくのに必要な資金を、一部でも自力で稼げるようになれば、現役世代の稼ぎのなかから高齢者に分配する割合は小さくてすみます。たとえば、現役期間が10年延びて、65歳から74歳までを現役世代とカウントできる状況になれば、2050年の高齢者、つまり75歳以上の人の比率は26%と、現在の65歳以上の人の比率とほぼ同じ水準にとどまるのです。そうなれば、社会保障負担や消費税率の引き上げも小幅ですむでしょう。高齢者の側も、仕事のなかに生きがいを見出したり、張りのある日々を送ることで健康を維持できたりといったメリットを期待できます。
 とはいえ、定年後どころか40代や50代の人でさえ職を失うことが珍しくない今日の状況を考えると、「生涯現役」などと言っても、現実味は薄いと言わざるを得ません。ですが、目標となるのは2040年とか50年、随分先の話です。今の20代、30代の人々が、「企業にはもう頼れない」と心を決めて、新しい働き方を志向し、社会がそれに合わせて変わっていくのであれば、まったくの夢物語というわけではありません。高齢化の潮流が間違いなく続くこれからの時代に、私たちが目指すべき未来像の一つと言えるでしょう。


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