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読売ADリポートojo 2000年11月号掲載
「経済を読み解く」第8回
高齢化時代への備え方−決め手は将来を見据えたインフラ整備−

供給力に不安が生じる高齢化時代

 経済は、需要と供給のバランスで成立している。そのバランスが崩れると、経済はおかしな具合になる。今日の先進国の経済は、基本的に需要不足、供給過剰の状態であり、不景気というのはそれが極端になったケースだ。
 不景気で事業が破綻して自ら命を絶つ自営業者もいるくらいなので、軽々にはいえないが、産業が未発達で、供給力不足のために多くの人が飢えや寒さに苦しんだ時代に比べれば、随分良い世の中になったことは間違いない。
 ところが、将来、供給不足の時代が再びやってくるのではないかという懸念が生じている。少子化、高齢化の影響だ。現時点では、65歳以上の高齢者一人を生産年齢人口(15〜64歳)4.0人で支える形になっているが、厚生省の推計によると、10年後には2.9人、20年後には2.2人で一人の高齢者を支える計算になる。人手が足らなくなるわけだ。そのため、全体の需要に対して供給力が追いつかなくなることが予想されるのである。
 そういう時代に向けて、今のうちに何か準備しておくことはできるのだろうか。


お金を貯めるだけでは不十分

 私たち一人一人が老後に備えるには、お金を貯めるのがオーソドックスなやり方だろう。株や債券を買ったり、保険や年金の形で積み立てたりというバリエーションもあるが、要は、稼いだお金を使いきらずに貯めておくことで、働けなくなる老後に備えるのである。
 しかし、国全体の高齢化に備えるには、私たち一人一人がお金を貯めこむだけでは十分ではない。私たち皆がお金を貯めていて、20年後にそれを使おうとしても、物価が上がるばかりで、経済全体としての供給は増えないからだ。
 加えて、今の時点でだれもがお金を貯めようとすると、今の需要不足、すなわち不景気は、ますます深刻になる。
 一つの考え方としては、海外の資産、たとえばアメリカの国債などの形で貯めておくやり方がある。海外の供給余力をあてにするわけだ。
 しかし、これもあまり確かなやり方ではない。将来にわたって世界全体で見て供給余力があるかどうかは疑わしい。それに、海外資産を貯めこむには、国際収支の黒字をますます大きくすることが必要だ。これは、需要不足のなかで、海外の需要を奪ってくるということであり、長く続けられることではない。


有効なのはインフラの拡充

 ではどうするか。発想の基本は、今の時点であり余っている供給力を、将来のために生かすことにある。将来役に立つ設備やシステムを作っておくのである。
 将来のために何かを作っておくことを「実物投資」とか「資本形成」と呼ぶが、それには、大きく分けて三種類ある。住宅建設、工場などの生産設備、それに、道路や通信ネットワークなどのインフラ(社会資本、インフラストラクチャー)だ。
 遠い将来のために、今のうちに住宅や生産設備を作っておくというのは無理だろう。理屈のうえでは、今年作った生産設備は来年の供給力を高め、それはさらに翌年の供給力の向上につながるという具合に、20年、30年先の供給不足の解消につながるはずだ。しかし、その連鎖がそううまくいくのかどうか。また、いったいだれが、20年後の供給不足をあてこんで今の生産設備に投資するのか。やはり、生産設備の形で準備するのは難しそうだ。
 残るは公共投資によるインフラ整備ということになる。公共投資は、投資の配分が硬直的だとか、時代遅れの事業を漫然と続けてきたということで批判の的になってきた。将来をしっかりと見据えたインフラ整備ができていなかったということだ。
 しかし、やり方次第では、公共投資は、不況対策というだけでなく、高齢化時代への布石にもなり得る。問題は、どういうインフラに投資するかだ。


たとえばバリアフリー化推進

 将来に役立つインフラ整備の一例としては、道路や交通機関、公共施設のバリアフリー化があげられる。バリアフリー化によって高齢者が活動しやすくなれば、高齢者の消費を引き出せるし、将来的には生産活動への参加を容易にする。つまり、バリアフリー化によって、現在の需要不足、将来の供給不足の両方を緩和させることが期待できるのである。
 また、大きくとらえれば、教育システムや法体系、文化といった目に見えないソフトウエアもインフラの一種である。今のうちに教育制度を充実させたり、ITに代表される新しい技術体系に見合った法制度を構築しておくことも、高齢化時代への準備として有効だ。
 こう考えると、公共投資を企画・実施する政府の役割はきわめて重いのだが、その動きは依然として鈍い。どうやら、私たち民間が知恵と力を発揮する場面が回ってきそうな情勢である。


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