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ダイヤモンド・ホームセンター 2006年2-3月号掲載
チャンスとしての「2007年問題」

ブームへの期待

 「団塊の世代」。太平洋戦争が終わってすぐの1947年から49年までの3年間に生まれた人々のことである。その総数は806万人(沖縄を除く)。直後の3年間(50〜52年)に生まれた人数648万人(同)の約1.2倍、直近の3年間(2002〜04年)の出生数(沖縄を含む)の2.4倍にあたる規模だ。日本の人口構造上の巨大な「突出」である(下図参照)。

日本の出生者数の推移
  • 出所:厚生労働省「人口動態調査」より作成
  • 注1:1944〜46年は資料不備のため不掲載
  • 注2:1947〜72年は沖縄県を含まない


 この世代の人々が、就学、就職、結婚、住宅購入といった、人生のさまざまなステップの「適齢期」を迎えるたびに関連市場でブームが巻き起こってきたわけだが、次に注目されているのが、彼らの定年退職のタイミングである。47年生まれの人が60歳となる2007年が、そのピークと見られている。
 定年退職というと、「第二の人生」という言葉もあるように、それまでとは生活を一変させる場合が多い。そのなかには、自身の趣味の世界を広めたり深めたりといった方向を中心に、それまでの生産活動中心の生活から、消費活動の方へ重心を移動させる人も少なくないだろう。 その関連市場というと、旅行やスポーツ、グルメに音楽、工芸、料理、DIYと、関係のない市場など考えられないくらいに幅広い。
 それは、それまでやってきたことの延長線上である場合もあるだろうし、まったく新しいことを始めるケースもあるだろう。また、すっかり仕事をリタイヤして趣味に没頭する人もいれば、それまでよりは時間に縛られない仕事をしながらという人もいるだろう。退職金という経済面での裏付けもある。
 もちろん退職金を手にしても、90年代のように経済の先行きが不透明な状況であれば、それを趣味に回す気にはなりにくいかもしれない。しかし、06年から07年に向けての日本経済は、長期にわたった深刻な調整局面を脱したことで、緩やかながらも安定した景況を期待できる。蓄えてきた資産の運用成績も上がってくるはずだ。そうしたなかでは、定年退職者の増加は、人々の趣味や娯楽に関連する市場には相当な追い風となるだろう。
 企業の側でも、ここ数年の間に、活力のある高齢層、いわゆる「アクティブ・シニア」が有望な顧客ターゲットであるという認識が、広範囲に定着してきている。彼らの需要を開拓しようとする動きも、さまざまな商品、サービスの市場において、すでに活発化している。現時点では、その予備軍として、「団塊の世代」という規模の大きなターゲットを明確に想定することができるわけだ。
 こうした消費者と企業の双方の動きがかみ合えば、これから2007年に向けて、多くの市場でブーム的な動きが生じる可能性は高そうだ。


懸念される「2007年問題」

 ブームを予感させるプラスの側面とは別に、団塊の世代の定年退職を経済の混乱要因ととらえる見方もある。その場合に用いられるのが「2007年問題」という表現だ。そこでは大きく分けて、二つの懸念が指摘されている。一方は、定年退職後に再就職したくても希望にあった仕事が見つからない人が多く、多数の高齢失業者が生まれるのではないかという懸念である。そしてもう一方は、貴重な戦力が一気に抜けることで、労働力が不足したり、企業の競争力が低下したりするのではないかという懸念である。要するに、労働市場において、需要不足と供給不足の両方が懸念されているということだ。
 これは一見すると、矛盾しているようにも、また相互に打ち消しあう問題であるようにも見える。しかし、企業が必要としない人材ばかりが職を求める一方で、企業が欲する人材が不足する状況は、十分想定し得る。いわゆる「需給のミスマッチ」の問題であり、そのインパクトについては、需給両サイドで別々の問題として考える必要があるだろう。
 まず再就職先が不足する懸念に関しては、景気が底堅く推移しているなかでは、経済全体に急激な影響を及ぼすような問題になる可能性は小さいものと考えられる。日本経済は、90年代以来の深刻な調整局面をすでに脱しているのに加え、前述のとおり、団塊の世代の定年退職による消費ブームも期待できる。それにともなって、リテールやサービス関連を中心に、相当な雇用の受け皿が確保できるだろう。
 また、離職者が増えるといっても、ここで問題にしているのは定年退職である。当然、本人もずっと以前から想定し、必要な準備も進めてきているはずのものだ。定年という、誰もが認めるゴールに到達することで気持ちの切り替えができれば、新たな仕事を見つけやすくなるということも考えられる。そうした意味で、90年代末に急増した、企業の倒産やいわゆる「リストラ」による離職とはまったく異質であり、求職者の背景の面からみても、当時のような深刻な状況にはなりにくいものと考えられる。
 一方、戦力不足の懸念は、部分的ではあるが、深刻な問題を含んでいる。基本的には、定年退職によって戦力が不足するのであれば、嘱託などの形で退職者を再雇用すれば事足りる話である。それ自体はとくに難しいことではないだろう。
 ただ、製造業を中心とする一部の企業では、現場レベルでの「ものづくり」の技術や技能の次世代への継承が不十分で、優れた技能を持つ熟練工が一度に製造現場を抜けることで、長年にわたって積み重ねてきた貴重なノウハウが失われてしまうことが懸念されている。そうなれば、企業の競争力は大きな痛手を被ることになるわけで、労働力が足らなくなるという単純な話ではない。
 すでに多くの企業で、熟練工の技能継承を促進する施策がとられはじめているが、それでどこまでカバーできるかは予想し難い。日本の製造業の国際競争力が何がしか低下する可能性は無視できないところである。


好機となる人材のリシャッフル

 団塊の世代が定年退職を迎える局面は、技能継承の面で一部の産業、企業に大きなピンチをもたらす一方で、日本の経済、産業全体にとってのチャンスとなり得る面もある。それは、貴重な戦力がリシャッフルされ、より適切なポジションへの再配置が進む可能性があるからだ。社会問題化が懸念されている若年層の高失業率を緩和させることも期待できる。
 個々の企業にとっても、この時期は、外部から新たな戦力を獲得するチャンスとなる。財務や経理、法務、広報、IRなどの領域では、専門的なノウハウが要求されるが、そのノウハウはかなりの部分が多くの企業に共通しており、他の企業で実績のある人材を登用することで、その領域の戦力強化を図りやすい。ロジスティクスや情報システムの運営なども、業種による特殊性はあるが、共通する要素も多く、外部の専門性を生かしやすい領域といえるだろう。
 社外からの人材登用は、単に自社にないノウハウを取り込むことだけでなく、他者の視点で、しかも内部から、業務プロセスの効率性や妥当性をチェックする効果も期待できる。それは、個々の業務に限らず、その土台となる企業風土や企業カルチャーに新風を取り入れる機会ともなる。
 とはいえ、社外から人材を迎えるにも、バリバリの現役の人材を中途採用するには、人事や処遇など、生え抜きの社員との融合やバランスの面での制約がある。それに対して、定年退職後の人材であれば、顧問や客員、嘱託などの形で、基本的な人事システムとは別の路線で柔軟に処遇する方策も考えやすいだろう。そうした意味で、定年退職後の外部の人材を活用することは、効率的な戦力強化につながる可能性が大きいといえそうだ。
 団塊の世代が60歳となる2007年に向けて、日本の人材市場の流動化は一段と加速する。その動きをチャンスとして生かすには、採りたい人材のタイプやスペックの洗い出しなど、早期の準備も必要になる。チャンスとしての「2007年問題」は、すでに動きはじめている。


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