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読売ADリポートojo 2004年10月号掲載
連載「経済を読み解く」第51回
変質した環境問題−企業の力をどう活用するかが焦点に−

問題の変質

 環境の問題は、まさに今日的な課題である一方で、古代文明の時代から繰り返し浮かび上がってくる、きわめて古い問題でもある。近代の日本に限っても、明治期の足尾鉱毒事件や別子銅山事件、戦後の高度成長期に深刻化した水俣病やイタイイタイ病などの公害病被害と、環境破壊の問題は繰り返し大きな議論を呼んできた。
 これらに共通するのは、環境破壊が産業の急速な発展と引き換えに発生し、そこでは常に企業が悪者だったということだ。しかし、その状況に変化が生じてきている。
 その要因としては、問題の普遍化が挙げられる。現在、環境を破壊する物質として問題視されているのは、公害病問題の折の有機水銀やダイオキシンといったきわめて毒性の強い有害物質だけではない。冷房や冷蔵庫に使うフロンガス、自動車の排ガスに含まれるSOx(硫黄酸化物)、NOx(窒素酸化物)、さらにはCO2(二酸化炭素)といったありふれた物質にまで広がっている。日常生活で排出される家庭ゴミの増加も深刻な問題となっている。
 そうなると、かつてのように特定の産業や企業だけを悪者にして、工場や鉱山の操業を規制するだけではすまない。今日では、社会を構成する私たち一人一人が環境を破壊する存在と認識されている。
 また、問題の広域化、国際化という変化もある。オゾンホールや温暖化の問題は、その影響が地球規模であるのに加えて、原因物質の排出量と影響の及び方が必ずしも連動しないため、国家間の利害関係が錯綜している。国際社会としての大規模な対策が必要だというコンセンサスはあるものの、その具体的な枠組みを構築するのは容易ではない。1997年に温暖化防止を目的として約160の国々によって採択された京都議定書も、アメリカが離脱し、ロシアも批准しないため、発効が遅れている(下注参照)。

(注)本稿執筆からほどなく、ロシアの批准が確定的になり、京都議定書は発効に向けて大きく動き出した。


消費者の変化と企業の対応

 公的な枠組みが整わないなかでも、多くの企業が環境に配慮する姿勢を見せはじめている。環境破壊につながる物質を製造工程から排除したり、製品のリサイクルや植林事業に取り組んだりといった動きだ。
 それらは一つには、環境問題に対する消費者の意識が変化したという認識があってのことだ。消費者を相手にする企業の多くが、今日の消費者は、環境を破壊するような企業の製品を選びたがらないかもしれないと考えている。直接消費者を相手にしていない企業でも、取引先の企業が消費者の視線を気にしていれば、やはり無関係ではいられない。
 実際にどれだけの消費者の意識が変わったのか、どの程度変わったのか、そのあたりは必ずしも明確ではない。しかし、厳しい競争を繰り広げている企業にとっては、たとえささいな違いであっても無視できない。インターネットが普及して、消費者が互いに情報を交換しあって連携したり、誰でも簡単に企業を糾弾する情報を発信できるようになったことが、企業の姿勢を一段と敏感なものにした面もありそうだ。


追い風となるCSR、SRI

 企業が環境に配慮することは、そこで働く社員にとっても、望ましいことである。誰しも、社会的に評価される企業の一員でありたいし、非難されるような企業で働きたくはない。実際にそうなってしまえば、社員の士気は低下しかねないし、新たな人材を確保する際にも障害となり得る。
 環境に配慮するためのコストは、商品・サービスの市場における競争力と、社員の士気を維持するために不可欠な、一種の必要経費と位置づけられる。
 さらに、ここ数年は「CSR=企業の社会的責任」とか、この連載でも取り上げた「SRI=社会的責任投資」(2001年4月号「株式市場の未来の役割」参照)といった言葉が話題になったことで、企業が環境問題や人権問題に配慮することの意味を、株主や経営者に納得させやすくなったということもあるだろう。
 とくに「CSR」という言葉は、かつての「グローバル・スタンダード」や「IT」がそうだったように、企業を動かすマジカルワードの性格を帯びつつある。


チャンスとしての環境問題

 もちろん、そうした守りの姿勢だけではない。環境問題に対する認識の高まりをビジネスチャンスととらえて動きだしている企業も少なくない。
 環境問題に関する危機意識の高まりと、問題の普遍化によって、環境問題に対応するための社会的、制度的な枠組みが模索されはじめた。単に企業や政府を糾弾するだけでなく、環境を維持するために、社会全体として、つまりは公的な資金を使ってコストを負担することへのコンセンサスも醸成されてきた。それは、ビジネスを前提とする企業が力を発揮できる舞台が整ってきたことを意味している。
 それを受けて、多くの企業が環境関連の技術開発を本格化しはじめている。その対象は、風力やバイオマスエタノール、燃料電池などの新しいエネルギー源とその供給システム、土壌や排水・排気の浄化、環境測定システムなど、きわめて多岐にわたっている。排出権取引市場やリサイクル市場などの制度設計も研究されている。環境問題への実効性のある対応は、そうした企業の力を抜きにしては考えられない。
 これからの時代、社会的な問題の解決のためには、企業を悪者扱いするばかりではなく、企業の実行力をうまく引き出して利用していく発想が必要だ。深刻さを増しつつある環境問題の解消に向けても、今後、企業の力をどう制御し利用していくかが、最大の焦点となるだろう。


関連レポート

■「CO2排出25%削減」達成のシナリオ−「低炭素化」で経済・産業を活性化させるために−
 (三井物産戦略研究所WEBレポート 2009年12月15日アップ)
■気候変動問題と「低炭素化」の潮流
 (読売isペリジー 2009年10月発行号掲載)
■低炭素化のリアリティ−資源と環境、二つの難題への共通解−
 (The World Compass 2008年9月号掲載)
■株式市場の未来の役割−SRIの成長で社会貢献の舞台にも−
 (読売ADリポートojo 2001年4月号掲載)
■経済発展と自然環境−二者択一からの脱却−
 (読売ADリポートojo 2001年2月号掲載)


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