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読売ADリポートojo 2000年8月号掲載
「経済を読み解く」第5回
転機を迎えた情報優位の時代−未来のカギとなる生産と消費の融合−

情報優位の時代

 社会や経済を考えるうえで、「情報」という概念がきわめて重要だということが広く認識されるようになったのは80年代のことである。
 この時期、モノの生産においても、大切なのはデザインやアイデアといった情報であり、モノ自体はそれを盛り込む器に過ぎないという考え方が力を得た。また、社会主義諸国の相次ぐ崩壊で、資本主義経済の、市場からの情報にあわせて生産活動を行う仕組みの利点も改めて認識された。そうした議論の帰結として、現代社会では、情報を生み出す者、操る者が、競争に勝って優位に立つという考え方が常識となった。
 その典型といえるのが、情報の固まりともいえるソフトウエアのサプライヤーとして急速に世界有数の企業に成長したマイクロソフト社だ。生み出された情報は、一度軌道に乗れば、複製を重ね、モノ作りの世界では考えられない速度で世界中に行き渡る。この強烈な増殖力こそが、産出形態としての情報の最大の特質である。
 ところが、こうした情報優位の時代は、早くも曲がり角を迎えている。それも皮肉なことに、情報技術の急速な進歩、今騒がれているIT革命が、その背景となっているのである。


流れを変えた情報供給の爆発

 かつては、情報を生産することは、アーティストや一部の起業家、技術者など、一握りのエリートの特権であった。しかし、ここにきて、状況は劇的に変わった。パソコンの機能が向上したことで、普通の人でも、ソフトウエアや映像、音楽といった情報を、市場性のある形、すなわち他人とやり取りできる形で製作することが可能になった。加えてインターネットの普及で、情報を流通させるチャンネルも拡充された。インターネット上のホームページという形で、情報流通のメディアは、事実上無限のキャパシティーを持ったのである。
 その結果、情報の供給が爆発的に増加した。しかも、ネット上では、多くの情報はタダで提供されている。その影響で、お金と引き換えに情報を提供するタイプのビジネスは成立しにくくなってしまった。ネットを舞台に世界中の技術者が無償で作り上げたLinuxがマイクロソフトのWindowsの地位を脅かしているのは、その象徴といえるだろう。


情報を巡る混乱

 無償の情報が爆発的に増えた一方で、それを評価、選別する機能は圧倒的に不足している。そのため、人々は、価値の定かでない情報の大海にほうり出されることになった。
 こうした事態は、情報流通において評価者、選別者としての機能を果たしてきた新聞や雑誌、書籍といった従来型メディアの役割の再評価へつながるものと考えられる。
 しかし、タダの情報に慣れた消費者が、その選別のためにお金を払うとは限らない。実際、eビジネスも含めて、現時点で情報流通の分野で収益を上げているのは、情報を「売る」スタイルではなく、民放テレビのように、情報を発信したい側(スポンサー)からお金を取って、受け手には無償で情報を伝えるスタイルが中心だ。
 そうしたビジネスでは、中立的に情報の価値を判断したり選別したりということは期待しにくい。少なくとも、消費者は、彼らが供給する情報には何らかのバイアスがかかっているのではないかと疑ってしまう。彼らがそのままのスタイルで情報爆発による混乱を終息させることはできないだろう。
 現時点で明快に言いきることはできないが、純粋なビジネスベースの活動では、どういうスタイルであれ消費者本位に徹しきれず、情報を巡る混乱を終息させるのは難しいように思える。


カギとなる生産活動と消費活動の融合

 カギを握るのは、情報爆発においてもLinuxの構築においても原動力となった無償の生産活動にあるのではないだろうか。これらはいずれも、自分の楽しみや満足のために行う生産活動である。いわば、生産活動と消費活動が融合した行為である。
 人々に信頼される新たな情報のスタンダードは、このようなビジネスベースでない活動から生まれてくる可能性が高い。それは、ようやく制度の枠組みが整いつつあるNPOやNGOのような形になるのかもしれない。NPOやNGOの活動も、無償ではないものの、生産と消費の融合の一類型である。 
 「面白い仕事をしたい」「人の役に立つ仕事をしたい」。だれもが抱いていながら実現するのが難しかったこうした思いが、制度が整備されたり、ITという道具が身近になったことで、現実味を帯びてきた。
 消費と生産が融合した活動が、人々の信頼に支えられて、経済の主流を占めていく。この流れは、人々の「共感」や「信頼」を基本原理とする新しい経済システムへの移行さえも予感させる。今の時点では夢物語に過ぎないが、変革の兆しは、情報を巡る混乱のなかで、確実に芽吹きはじめている。


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