Works
The World Compass(三井物産戦略研究所機関誌)
2000年3月号掲載
消費者による消費者のためのビジネス

 1999年、日本経済は回復のプロセスに入った。政府支出の拡大が主導してのものではあるが、前年同期比でみた実質成長率はプラスに転じている(図表1)。個人消費もプラスに効いている。
 市場もこれを好感し、株価(日経平均)は99年初の1万3,000円そこそこから、2000年2月には2万円に乗せるところまで、率にして5割以上も上昇した。
 もちろん、政府支出の息切れや、円高の影響など、先行きの不安はあるが、日本経済がひとまず最悪期を脱したことは間違いないだろう。

図表1.実質成長率の推移


90年代の潮流−生活空間の多重化−

 さて、ここまでの記述を読んでも、実際にビジネス、とくに一般消費者を相手にするビジネスを展開されている読者の多くは、にわかには納得できないのではないだろうか。
「個人消費が回復している? そうは思えないのだが…」。
 その疑問、その実感は、実はまったく妥当なものだ。図表2は、GDPの中の個人消費をさらに分解して、項目ごとに伸びを並べてみたものだ。これを見れば、多くの企業、商店が苦境にあえいできた背景は一目瞭然だ。伸びているのは家賃、公共料金、医療費などだけで、一般的なビジネスの対象である衣・食・住、いずれの分野も惨憺たる状況だ。わずかに住関連商品(統計上は家具・家庭器具・家計雑費)だけが実質ベース(物価変動の影響を除いたベース)でプラスとなっているものの、価格低下の影響が大きく、企業会計上の売上高に相当する名目ベースの伸びはマイナスとなっている。

図表2.項目別にみた個人消費の動向
(92年から97年の累積増減率)

 こうしたデータを見ると、ただ漫然とモノを供給しつづけていたのでは、消費者を振り向かせるのは難しいということがあらためて確認できるだろう。消費者を動かすカギは、やはり「テーマ設定」ということになりそうだ。
 90年代に消費者を動かした大きなテーマとしては、情報ネットワーク、アウトドア、HI(ホーム・インプルーブメント)などがあげられる。そして、それらのテーマから生じたパソコン、携帯電話、RV(レクリエーショナル・ビークル)、大画面テレビを核とするホームシアターなどは、ヒット商品となった後、確固としたカテゴリーとして位置付けられるようになっている。
 また、それらのテーマを乗せて流れている大きな潮流も、おぼろげながら、一つの仮説として浮かび上がってきている。一言でいってしまうと、「生活空間の多重化」とでも呼べる流れだ。
 ここ10年、厳しい経済環境の下、人々が仕事を通じて感じる世界は、あまり居心地の良いものではなかった。そのため、日々の暮らしや遊びの部分を、仕事とは完全に切り離す傾向が生まれた。仕事の延長線上のような付き合いや遊びは、若い世代を中心にネガティブにとらえられるようになっている。
 それに代わって、新たな遊びの空間として注目されたのが、自らの住まいやアウトドアであり、さらには、サイバースペース(コンピューターが生み出す仮想空間)や、高度な技術や修練を必要とする趣味の世界だったりしたわけだ。
 90年代の消費者は、生産者としての立場を離れて、「楽しめる」、「心地よい」別世界を築こうとしてきたのである。


これからの消費市場は 消費者自身が主導する?

 では、2000年を迎えて、これからはどうだろう。筆者は、ここ1、2年で、新たな潮流が生じているのではないかと考えている。「生活空間の多重化」の流れ自体は続くが、それに加えて、「多重化した生活空間のオーバーラップ」が始まっているように思えるのである。注目されるキーワードは「ビジネス」。
 アウトドアやHIも含めて、趣味の世界をテーマとするマーケットは、90年代を通じて確立し、成長を遂げてきた。また、プロフェッショナルの存在しない趣味の世界では、かつては「達人」、最近では「カリスマ」と呼ばれるリーダーが、身近なところから、多方面で育ってきている。特定分野で突出した消費者の下には、人も情報も集まってくる。一般の消費者が、彼らを既存の権威と同等、あるいはそれ以上の存在としてとらえる状況さえ生じている。そうなると、彼らの存在は、十分にビジネスのための資源となり得る。
 また、物理的な意味での場所、時間に縛られないサイバースペースでは、人々は副業をもちやすい。事実上の起業であっても、ゲームに近い感覚で、抵抗感は小さい。趣味の世界とサイバースペースとがオーバーラップしたとき、自分の趣味の世界での専門性を元手に、ゲーム感覚でビジネスを始めてしまうケースは十分想定できる。
 専門的な技術や情報をお金に換えることは、現時点では容易ではない。しかし、消費者同士がネット上でモノを売り買いしたり、ネットで仕事をみつけたり、といったケースは既に珍しくなくなっている。また、多くの人が訪れるホームページの広告媒体としての価値は早くから注目されている。今後、企業セクターがその流れにシンクロし、インフラ整備やビジネス・スキームの提示が進めば、「趣味のビジネス化」は次の時代の一大潮流となる可能性もある。ネット・ビジネスでは、“B to B(business to business)”とか“B to C(business to consumer)”という表現が使われるが、それに倣えば、“C to C”のビジネスとでも呼べるものだ。
 その流れは、ネット上にとどまらず、現実空間のビジネスの世界とオーバーラップすることも考えられる。我慢して大きな企業に勤めていても、それで先々大丈夫とはいえない時代だ。それならばいっそ、それまでの辛い仕事は捨てて、ビジネスにもなり得る趣味の世界に全力投球しようという人が増えてきても不思議ではない。
 そして、多くの消費者を引きつける新たなテーマを設定する力は、消費者によるビジネスにこそ宿るのではないだろうか。2000年代の消費のテーマ設定は、消費者自身が主導し、それが消費市場とビジネスの世界に活気を回復させていく。
 ここまでいうと、いささか想像の羽を伸ばし過ぎているのかもしれない。しかし、時代はいよいよ世紀の変わり目だ。消費者自らがテーマを設定した、消費者による消費者のためのビジネスが日本経済の復活を主導する。世紀末のこの一年には、そんな夢を描いてみたい。


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