Works
読売ADリポートojo 2007年5月号掲載
連載「経済を読み解く」第77回
価値としての「情報」−成熟時代の豊かさのカギ−

 かつては「情報」というと、それを知ることで利益になる話や、他人に知られることで損害をこうむるような話を指す場合が多かった。その意味での「情報」が、企業間の競争や、金融市場での取引などで重要な意味を持っていることは間違いない。しかし、現代の経済においては、それとは別の意味合いで、「生産活動の成果の一形態」、すなわち「価値」としての「情報」というコンセプトが重要度を増してきている。


財、サービス、そして情報

 従来は、生産活動の成果は「財」と「サービス」の二つの形態に分類されていた。「財」とは、食べ物や着るもの、機械など形のあるモノを指し、「サービス」とは、病気を治したり、服を洗ったり、部屋の掃除をしたりといった、生産者が消費者に直接的に提供する生産活動の成果を指す。
 それぞれの性質を比べてみると、「財」の場合には、輸送したり保存・保管することで、生産されたのとは違う場所、違う時点で消費することができるのに対して、「サービス」は、運んだり保存したりはできないため、生産と消費は同じ場所で、同じ時間に行われるという違いがある。
 ここで一つの例として、音楽について考えてみよう。コンサートで演奏される音楽は、会場に来た聴衆だけが消費できる「サービス」の性格を持つ。しかし、それが録音されてCDの形になれば、いつでもどこでもその音楽を楽しむことができるようになる。その場合のCDは、保存も輸送もできる「財」ということになる。
 とはいえ、コンサートでもCDでも、その価値の本質は、あくまでも演奏された音楽にある。このように、それ自体は具体的なモノの形は持たないが、「記録」という段階を経ることによって保存と流通が可能になる種類の価値を「情報」と呼ぶのである。具体的には、音楽のほか、映画をはじめとする各種の動画や画像、文章、コンピューターのソフトウエアなどが、それにあたる。広い意味では、工業製品の製造技術やデザイン、新しい商品や事業のアイデアなども含まれる。


重要度を増す「情報」

 価値としての「情報」のコンセプトの重要性が認識されてきた背景には、ITの飛躍的な進歩がある。情報を保持・伝達する技術は、言語の成立や文字の発明からはじまって、紙、印刷、録音、録画、あるいは郵便、電信、電話、放送と、人類の歴史を通じて加速度的に進歩してきたが、インターネットの普及によって、「財」の形をとらない純粋な「情報」の流通が急増した。それによって、「財」でも「サービス」でもない形態の価値が存在していることが明確に認識されるようになったのである。
 また、音楽にしろ映像にしろ、情報をコピーして多くの人々に届けるためのコストが劇的に低下したことの影響も大きい。それによって、価値としての「情報」をいかに活用するかが、生活の面でもビジネスの面でも、重要な問題として意識されるようになったのである。
 需要サイドでも、基礎的なニーズが満たされるにつれて、人々のニーズは、音楽や映像、物語など、心の豊かさにかかわる「情報」にシフトしてきている。衣料品や家電製品、自動車などの「財」にしても、消費者を惹きつけるのは、そのデザインや細かな設計など、「財」に内包された「情報」の部分のウエートが大きくなっている。


豊かさの源泉に

 「情報」という価値の最大の特徴は、きわめて安いコストで、コピーを重ねて無限に増やしていくことができるという点にある。そのため、「情報」の創造と消費を活発化させることで、経済全体としての生産額や生産性を急速に向上させることが可能になる。音楽でもソフトウエアでも、オリジナルが創造されれば、需要がある限りそれをコピーすることで、ほとんど労力をかけずに生産量を拡大することができる。それにともなって、労働投入あたり、あるいはコストあたりの生産性も向上する。
 個人や企業の視点からすると、売れる「情報」を創造できれば、莫大な収益を獲得できるということになる。そうした面で傑出した力を持っている、歌手や作曲家、作家、ソフトの開発者、デザイナーなど、いわゆるアーティストやクリエイターと呼ばれる人々、あるいは、卓抜したアイデアを事業化した起業家たちが巨額の収入を手にできるのも、そのためだ。
 これは、人々の間の所得格差が拡大する一因ともなる。しかし、彼らの社会への貢献は明確で、企業買収やリストラ一辺倒の事業改革で高収入を得ている企業経営者に比べると、人々の納得は得られやすい。むしろ、彼らの後に続こうという前向きな努力を誘発し、人々のモチベーションを高める「良い格差」と位置づけられるだろう。
 経済が成熟化した現代では、「情報」の創造と消費を活発化させることの意義はきわめて大きい。そして、「情報」の消費による社会全体のメリットを最大化するには、有用な「情報」は自由にコピーできるオープンな状態にしておくことが望ましい。しかし、それでは「情報」の創造者に経済的な見返りが届かなくなる。もちろん、金銭的な報酬だけが「情報」を創造するモチベーションではないが、多くの人に創造的な活動を促すインセンティブの一つになっていることは間違いない。それを保障するために、著作権や特許など、さまざまな制度が用意されているわけだ。
 それらを含めて、アーティストやクリエイターの意思や利益を尊重することで「情報」の創造を促しながら、それをできるだけ多くの人に提供できるような、ネット時代に適応したバランスの取れた仕組みを構築することが、重要な課題となっている。


関連レポート

■「楽しむ力」への注目−オタクと趣味と教養と−
 (読売ADリポートojo 2007年7-8月号掲載)
■進化する感動消費のマーケット
 (コンピレーションCD「オーラ〜美しい感動〜」対外資料 2007年4月)
■芸術と文化と経済と−経済の発展がもたらした濃密な関係−
 (読売ADリポートojo 2007年3月号掲載)
■“WEB2.0”のインパクト
 (The World Compass 2006年11月号掲載)
■WEB2.0とリテールビジネス
 (ダイヤモンド・ホームセンター 2006年10-11月号)
■IT革命、再び−突破口、そして加速要因としてのWEB2.0−
 (読売ADリポートojo 2006年9月号掲載)
■感動消費の市場構造−尽きない欲求と広がるビジネスチャンス−
 (読売ADリポートojo 2006年6月号掲載)
■人口動態と産業構造
 (The World Compass 2005年7-8月号掲載)
■歴史から見る次世代産業−第四次産業としての「創造産業」−
 (読売ADリポートojo2005年7-8月号掲載)
■スマイルカーブ化する日本産業−経済の成熟化がもたらす産業構造の変貌−
 (読売ADリポートojo 2004年3月号掲載)
■日本の農業の未来像−DASH村モデルの将来性−
 (読売ADリポートojo 2003年4月号掲載)
■新時代の情報流通
 (読売新聞媒体資料 2001年11月掲載)
■転機を迎えた情報優位の時代−未来のカギとなる生産と消費の融合−
 (読売ADリポートojo2000年8月号掲載)


「経済を読み解く」バックナンバー一覧

Works総リスト
<< TOPページへ戻る
<< アンケートにご協力ください
Copyright(C)2003