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読売ADリポートojo 2004年9月号掲載
連載「経済を読み解く」第50回
技術とビジネスの新しい関係−技術開発を主役とする企業戦略−

 技術進歩をいかにビジネスに取り込むか。現代のあらゆる企業に共通する課題であり、その重要性は、経済成長の鈍化にともなって一段と高まってきている。ところがその一方で、現実のビジネスに技術進歩の成果を取り込むことは、趨勢的に困難さを増し続けている。


技術進歩の果実

 経済やビジネスの視点から見ると、技術進歩の果実は、既にある商品やサービスの生産・流通の効率化と、従来なかった新しい商品やサービスの創出という二つの効果に大別される。これらはいずれも、経済成長が鈍化する時代には、企業にとって従来以上に重要な意味を持ってくる。人口が停滞から減少に転ずるのにともない既存の商品やサービスのマーケットが縮小基調になるなかで企業活動を維持していくためには、生産効率を上げてコストダウンを図るか、新しい商品やサービスで新たな市場を創出していく以外にないからだ。
 「IT革命」が流行語となった際にも、効率化と新市場創出の両方の効果が期待されていた。OAツールやインターネットを活用した受発注システムによって、それまでは難しかったオフィスワークの効率化が図られた。同時に、パソコンや携帯電話、インターネット関連機器の新しい市場が創出された。さらに、オンライン通販やオンラインゲーム、eラーニングなど、それらを土台とした新サービスも登場した。
 IT革命のブームが一巡すると、ビジネス界では「ITの次を探せ」ということで、今度はバイオとナノテクに代表される先端技術による新市場の創造に注目が集まった。また、03年後半以来の景気回復にも、デジタル家電をはじめ、技術進歩の成果を活用した新しいタイプの商品の市場が拡大したことが大きく貢献している。


「発明の母」のパワーダウン

 こうして成果はあがってきているものの、長期的な趨勢としては、技術進歩の成果をビジネスに取り込んでいくこと、とくに新市場の創出に結びつけることは、時を追うごとに難しくなってきている。
 その要因としては、人々のニーズが不明確になっていることが挙げられる。経済発展の成果で、すでに基本的な欲求が満たされたことの裏返しである。
 現在の日本においては、消費者のニーズと言っても、「ぜひ欲しい」とか「ないと困る」というレベルよりも、「あった方が良い」とか「あれば使う」という程度のものが大半を占めるようになっている。現在市場を急拡大させているデジタル家電にしても、そのニーズの切実度においては、高度成長期の電気洗濯機や冷蔵庫に比べると、段違いに低い。
 「必要は発明の母」という言葉があるが、その「母」のパワーが、世の中が豊かになるにつれて弱まってきているわけだ。そのため近年では、新市場創出のための技術開発においては、必要がそれを引っ張るというよりも、研究開発活動の方が先行し、後追い的にその成果を活用する方法を考えるという構図が主流になりつつある。


課題は技術とビジネスの出会い

 もちろん、研究開発が先行するといっても、そのすべてがビジネスに結び付くわけではない。さまざまな分野で、さまざまな方向性の技術開発が進められているなかから、経済活動に利用できるものを選び出すことが必要になる。
 現実に生産されている商品やサービスも高度化、複雑化しているため、分野の違う複数の技術を組み合わせることでビジネスに結び付くケースも少なくない。
 技術が先行してニーズを探すというパターンでは、実際のビジネスに結び付けるまでの障壁は、ニーズ先行の場合に比べてはるかに高い。
 今年に入り、発明者に対して巨額の報酬の支払いを命じた裁判所の判断が議論を呼んだが、一般論としては、発明者の力だけでその発明をビジネスに結び付けることは容易ではない。
 技術進歩を効率良くビジネスに結び付けていくためには、技術とビジネスの両方の知見とセンスを持った存在が欠かせない。そうした人材を育成しようという動きは、アメリカでは80年代にすでにスタートしていた。その基本コンセプトである「MOT(Management of Technology)」は、近年日本にも導入され、多くの大学院が、そのノウハウを習得するコースを設けている。そこでは、現役の学生だけでなく、企業から派遣された社会人も履修している。


産学連携への注目

 技術とビジネスを効率良く出会わせるために生まれたもう1つの流れが「産学連携」の動きである。ここ数年、ITやバイオ、ナノテクなどの先端技術の領域を中心に、メーカーや商社が大学と提携し、大学が開発した技術の事業化を請け負うケースが目立っている。なかには、開発の相当早い段階から、企業の側がコストとリスクを負担して技術を自らのものとし、研究開発と事業化を並行して進める事例もある。
 また、大学の研究活動自体の効率化のために、研究活動のコア以外の部分をアウトソースするという発想で、設備や資材の調達・管理、データ管理、情報収集などを企業が請け負うケース、さらには、研究施設全体を企業が保有し運営にあたるケースも出てきている。
 技術開発を加速させ、それを経済活動に取り込んでいくことは、個々の企業にとっての課題であると同時に、経済全体を活性化させていくためのカギでもある。MOT人材の育成や産学連携の動きは、日本の未来を考えるうえで、見逃せないポイントと言えるだろう。


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