Works
The World Compass(三井物産戦略研究所機関誌)
2002年7-8月号掲載
流通産業 欧州からの考察 vol.1
流通産業構造−国ごとの独自性の背景−
(Views Europe Special 004から改稿)

 今回の欧州滞在中には、流通先進国と位置づけられている国々を訪ね、それぞれの国の流通業の実態を視察することができた。そこで感じたのは、国によって、それぞれ独自の業態、ビジネスモデルが生まれ、進化してきたのだということだ。その独自性の背景には、各国の商業規制と金融システムの違いがある。以下、各国の流通産業構造の特徴を整理してみたい。


1.大型総合業態が主役のフランス

 フランスを代表する流通業態は、カルフール(Carrefour)などが主力とするHyper Market(以下HM)だろう。HMは、集中レジ方式の単層店舗(一部に二層もあり)で、直営部分の売場面積は6,000u程度が中心(3,000u級から10,000uを超える店舗まで多様)、日用的な商品を衣食住の全分野にわたって扱う大型総合業態である。
 全分野を扱うといっても、日本のイトーヨーカ堂などが展開している総合スーパー(General Merchandise Store、以下GMS)が衣料品中心であるのに対して、HMでは食品を中核とした店舗という印象が強い。カルフールのほか、ルクレール(Leclerc)、オーシャン(Auchant)、カジノ(Casino)などの企業がHMを展開している。
 フランスでHMが成長したのは、大規模店に関する出店規制が極めて厳しかったためと考えられる。規制の影響で、大規模店の数は相対的に少なく、大規模店間で激しい価格競争は起きにくい。そのため、少々非効率な店舗でも利益を上げることができる。そうした状況下では、可能な限り大きな店舗の開設認可を受け、売れるものはすべて扱うという戦略が、利益の最大化につながる。その戦略に沿って進化してきた業態がHMだったというわけだ。
 パリ、マルセイユ、リヨンの各都市で実際にHMを視察した限りでは、一部の商品分野のプレゼンテーションを除いて、洗練された店舗という印象は受けなかった。欠品の多さをはじめ、店頭のオペレーションも優れているようには見えなかった。極端な場合、鳥が店内を飛び回り、売り物の野菜をつついている光景も見られた。加えて、同じ企業の店舗であっても、まったく標準化されていない。レイアウトやテナントの入れ方、立地等、店ごとに違っている。
 これは、出店規制の影響と考えられる。認可を得るためには立地を選んでいるわけにはいかず、店鋪の標準化が難しいのである。パリ市街に近いカルフールの店舗では、公園の地下に設けた(あるいは店舗の上に公園を設けた)例まである。またHMでは、店舗の地下や階上に駐車場を設ける例が多い。これも、自治体などから出された出店条件を満たすための措置と考えられるが、その場合には、売場との間を高価なスロープ式のエスカレーターで結ばなければならず、コストアップ要因になっている。

パリ郊外のカルフールStains店 公園下に作られたカルフールParis Auteui店
(写真をクリックすると拡大画像を表示します。)

2.専門特化業態が支配する英国

 フランスで総合業態が成長しているのに対して、英国では特定の商品分野に特化した専門特化型業態が成長し、総合業態は影が薄い。テスコ(Tesco)、セインズベリー(Sainsbury)などが主力業態として展開しているSuper Store(以下SS)は、売場面積3,000u近い大型店ながら、日用的な食品と雑貨に特化した専門特化型業態である(The World Compass 2002年3月号「欧州・日本の対照からの考察」参照)。総合業態に近いタイプとしては、マークス・アンド・スペンサー(Marks & Spencer)の店鋪があるが、その大半は衣・食までの品ぞろえで、カバーしている商品分野はHMに比べて格段に狭い。
 また、SSのほかにも衣料品のネクスト(NEXT)、ドラッグストアのブーツ(The Boots)、自然化粧品のボディ・ショップ(The Body Shop)など、多くの商品分野で、さまざまなコンセプトの専門特化型業態が全国にわたるチェーン展開を実現している。これらのチェーン店は、英国各都市のハイストリートと呼ばれる中心街に軒を並べており、「ハイストリート・ショップ」と総称されている。

ロンドン市内のネクストの店舗 バーミンガム市のハイストリート
(写真をクリックすると拡大画像を表示します。)

 英国でこのような専門特化型業態が主流となり、総合業態が成長しなかったのは、第一に、金融システムの要因が挙げられる。英国では、早くから資本市場が発達しており、さまざまな専門チェーン企業が株式発行によって早い段階で成長資金を調達できた。また、そうした企業が成功し成長した後も、投下資本に対する利益率の維持・向上を求める投資家の圧力によって、不慣れな商品分野を取り扱う総合業態への転換、進出にはブレーキが掛けられてきたのである。
 加えて、商業規制が比較的緩やかで、早くから大規模店間、チェーン店間の競争が激化していたことも影響している。厳しい競争環境下では、自社固有の商品による差別化ができない企業は消耗戦的な価格競争に巻き込まれやすい。そして、総合業態の場合には、幅広い品ぞろえが必要なため、固有の商品で売場をカバーすることが難しいのである。総合業態に近いマークス・アンド・スペンサーが収益性を維持できてきたのは、すべての商品を自社開発のPB(プライベート・ブランド)で固めることで、価格競争に巻き込まれずに済んでいたためと考えられる。


3.ボランタリーチェーンと多業態企業が成長したドイツ

 規制が厳しく、資本市場の発達が遅かったドイツの状況はフランスに近く、大型総合業態が流通産業の主役の一角を占めている。ただ、フランスでは出店規制が厳しいのに対して、ドイツでは営業規制が極めて厳しい。ドイツには「閉店法」と呼ばれる営業規制があり、ガソリンスタンドに併設された小規模店舗や旅行者向けの土産物店など一部の例外を除いて、すべての小売店が日曜日と平日午後8時以降の営業を禁じられている。
 この閉店法の存在が、フランスとの違いを生じさせている。特に特徴的なのは、メトロ(Metro)などが展開している会員制の大型現金問屋、Cash & Carry業態(以下C&C)の成長ぶりである。C&Cは、HMと同様に、衣食住の全分野をカバーする大型総合業態である。違うのは、会員制を取ることで卸売店としての認可を受けて営業している点だ。卸売店の場合、閉店法の規制は小売店に比べて緩やかであり、その分、通常のHMよりも競争上有利になる。これがC&C業態の成長を促したわけだ。
 また、閉店法の存在は、零細な小売店にとって、極めて有利なものである。企業経営のチェーン店や大規模店に営業時間の面で差を付けられないだけでなく、従業員をそれほど雇わずに店主と家族だけでも営業を続けることができるため、コスト面でもチェーン店に対抗しやすくなる。逆に、チェーン店を展開する企業にとっては、力任せに零細店のシェアを奪って成長するという戦略を描きにくいということである。
 そうした状況下で成長したのがエデカ(EDEKA)、レーベ(REWE)に代表されるボランタリー・チェーン(以下VC)の仕組みである。個人商店や小規模なチェーンを組織化し、それらへの商品供給や、さまざまなサポートを行う企業である。日本のコンビニのようなフランチャイズ・チェーンの仕組みと似ているが、個々の店舗の自主性が強い。VCに加盟した個人商店は、多彩な商品を安い価格で仕入れることができ、通常のチェーン店に負けない品ぞろえ、価格設定が可能になる。VCの発達は、個人商店の生き残りを一段と容易なものにした。

デュッセルドルフ市内のメトロC&C デュッセルドルフ市内のレーベの店舗
(写真をクリックすると拡大画像を表示します。)

 勝ち組の企業が自社店舗を増やして他社を圧倒するのではなく、企業買収によって負け組の企業をのみ込んでしまうケースが目立つのもドイツの流通産業の特徴だ。ドイツの流通業の歴史は、業態進化よりも、企業間の買収に次ぐ買収の歴史といえる。その結果、各流通グループが多くの業態を抱え、競争力を失ったと思われる店舗も業態も、淘汰されることなく現存しているのである。


4.米国との対照

 あらためて整理してみると、商業規制が厳しく資本市場の発達が遅かったフランス、ドイツでは大型総合業態が主役の座を占め、逆に規制が比較的緩やかで資本市場が早くから発達していた英国では専門特化型業態が主流になったということである。
 そう考えると、当然、米国はどうなのかということになるだろう。というのも、英国以上に規制が緩やかで資本市場が発達している米国に、世界最大の小売企業であり、大型総合業態企業の典型といえるウォルマート(Wal-Mart)が存在しているからだ。これは、どう解釈すればよいのだろうか。
 規制の緩やかな環境において大型総合業態が不利なのは、前に述べたように、固有の商品による差別化が難しく、消耗戦的な価格競争に陥りやすいためである。この点は、米国にも当てはまる。ただ、価格競争によってすべての総合業態企業が共倒れになるのではなく、圧倒的な価格競争力を持つ企業が、他を圧倒し、巨大化したのである。それが、ウォルマートだ。
 その影で、同業態第2位のKマート(Kmart)は倒産し、第3位のターゲット(Target)は、ウォルマートと差別化できるニッチを見出さなければならなかった。要するに、規制が緩やかで、競争が厳しい市場においては、大型総合業態はごく少数の企業しか生き残れないということではないだろうか。
 他方、極めて多彩な専門特化型業態の企業が成長し、チェーン展開している点は、英国と米国で共通している。英国ではハイストリートが彼らの主要な舞台であるが、米国では各種のショッピングセンター、ショッピングモールでの展開が目立っている。


5.日本へのインプリケーション

 以上のような枠組みで考えると、80年代までの日本はフランス、ドイツと極めてよく似た状況にあったといえる。「大店法」という厳しい商業規制の下、大型総合業態であるGMSが流通業界の主役であり、GMSを主力とするダイエー、イトーヨーカ堂、ジャスコ、マイカル、西友といった企業が共存していた。
 ところが、その状況は90年代に入って劇的に変化した。大店法の緩和である。90年代の日本の商業規制は、英国も含め、欧州諸国に比べて、はるかに緩やかなものとなった。言ってみれば、独・仏型から英国型あるいは米国型への急転換である。
 その結果起きたのが、大規模店の大量出店だ。GMSのみならず、紳士服チェーン、家電量販店などの専門特化型業態が、低価格を武器に急成長を遂げた。「価格破壊」という言葉が流行した時期である。新興企業が火をつけた価格競争は、やがて大手GMSをも巻き込み、泥沼の消耗戦となっていった。ユニクロ(ファーストリテイリング)、しまむら、コジマ、ヨドバシカメラ、マツモトキヨシなどの専門特化型業態が新たな主役として登場するのと同時に、かつての主役であった大型総合業態、GMSは危機的な状況に陥った。
 環境が変われば、従来の環境に適応してきた者は、別の進化を探るか、さもなければ滅んでいくしかない。イオングループ(ジャスコ)は、専門特化型業態と手を組んだショッピングセンターの展開に活路を見出したが、マイカル、長崎屋は滅んでいった。ダイエー、西友も大量の店舗閉鎖による縮小均衡を迫られている。GMSとして生き残っているのはイトーヨーカ堂と、ユニー(愛知)、イズミ(広島)、平和堂(滋賀)など、圧倒的なドミナント地域を確保している地方勢だけという状況だ。これは、圧倒的な強者であるウォルマートと、ニッチを見出した企業だけが生き残っている米国の状況とオーバーラップする。
 日本の流通業界は、食品スーパーとコンビニも含めた専門特化型業態が上位を占める構造に変化しつつある。環境が英・米型に変化したのに伴い、業界構造も英・米型に変貌を遂げようとしているのである。金融面でも、銀行がリスクを取れなくなっている一方で、ベンチャーキャピタルや投資ファンドが登場し、加えて、総合商社がリテール分野への投資を本格化させてきたことで、新しいコンセプトで事業展開を図るさまざまな専門特化型業態の成長を支える下地が整いつつある。
 それを受けて、日本版ハイストリート・ショップが次々に登場することが予想される。彼らには、空洞化が著しく進んだ中心市街地の商業機能の回復に加え、閉店した百貨店やGMSの跡を埋めていくことも期待される。日本の流通産業は、そうした新興勢力によって、次の新しい時代へ踏み出していくことになるだろう。


連載 流通産業 欧州からの視点

■vol.1 流通産業構造−国ごとの独自性の背景−
■vol.2 商業規制−マクロの視点と生活者の視点−
■vol.3 リテールビジネスの国際展開−「資本の論理」と「小売の論理」−


関連レポート

■消費とリテールの国際比較−経済の成熟化とパブリック・ニーズ−
 (日経BP社webサイト“Realtime Retail”連載 2005年10月6日公開)
■流通産業の歴史的展開
 (The World Compass 2004年5月号掲載)
■リテールを考える−欧州・日本の対照からの考察−
 (The World Compass 2002年3月号掲載)
■日本の小売市場動向
 (チェーンストアエイジ2002年9月1日号掲載)


Viewsバックナンバー

Works総リスト
<< TOPページへ戻る
<< アンケートにご協力ください
Copyright(C)2003