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セールスノート 2007年9月号掲載
連載「暮らしから見る身近な“経済”」第4回
パワーアップする消費者

 前回は、商業施設の進化について書きましたが、今回は、それを利用する側である、消費者の進化とパワーアップについて考えてみましょう。


購買力と機動力、情報力

 消費者が消費活動を行うにあたっての「力」というと、何はともあれ、商品やサービスを買うための「お金」をどれだけ持っているかが第一のポイントになります。消費者の「購買力」です。この購買力の源泉は、消費者が仕事をしたり財産を運用したりして手に入れた「所得」です。人々の所得は、この連載の第1回で見たように、産業や経済の発展にともなって向上してきました。
 また、消費者は、商品やサービスをより的確に、また効率的に購入するための力も強めてきました。公共交通機関の発達や自家用車の普及による「機動力」の獲得や、マスメディアの発達とインターネットの浸透を背景にした「情報力」の向上がそれにあたります。機動力と情報力を高めた消費者は、自分で集めた情報に基づいて、購入する商品・サービスも、それを購入する場所や店舗も、自由に選べるようになりました。
 消費者の情報力と機動力の強化は、前回見たような、ショールーム的な機能のある百貨店から、多くの商品を効率良く買い物できるGMSへの主役交代、さらには、郊外の大型専門店や複合型商業施設の台頭の背景にもなりました。
 また、多くの商品やサービス、店舗が消費者の選別の対象になったことで、それを提供する企業同士で、消費者を引き付けるための競争が激しくなりました。企業は競争に勝つために、品質やサービスの向上、あるいは価格の引き下げなどに向けた努力を強いられることになります。企業にとっては厳しい話です。
 ですが、競争に勝ち抜いた企業には、より多くの消費者を顧客にできるようになったり、郊外の値段の安い土地でも商売が可能になったりといったメリットも生じます。企業や店舗の優勝劣敗が、一段と鮮明になるわけです。
 これらはもちろん、消費者にとっては望ましい展開です。消費者の機動力、情報力の向上は、個々の消費者の消費活動を充実させるだけではなく、消費者を引き付けるための企業努力を引き出したり、消費者にとって魅力的な企業を発展させ、そうでない企業の淘汰を進めたりといった形で、社会全体としての「豊かさ」の向上にも結びついていたのです。


心の豊かさと「享受力」

 購買力や機動力、情報力といった、商品やサービスを購入する段階で発揮される力に加えて、近年とくに重要度を高めているのが、購入した商品やサービスを利用する段階で、それらから効用や満足を引き出していく力です。
 食べ物を買って空腹を満たすだけであれば、特別な力は必要ありません。ですが、同じ「食べる」という行為でも、味の違いや食材、あるいは調理法に関する感性や知識を持っているかどうかで、そこから引き出せる楽しみには大きな違いが出てくるはずです。
 とくに、連載の第2回で見た「心」の領域の「豊かさ」を得るには、個々の消費者の感性や知識、経験が決定的に重要な意味を持ってきます。たとえば音楽や美術。何の予備知識がなくても、その美しさに感動することはあるでしょう。ですが、その作品が生み出された背景や、他の作品、他の作家との関係を知ることで、より深遠な美しさ、より大きな感動と出会えることも少なくありません。本や映画、演劇なども同様です。
 あるいは囲碁や将棋。最初にルールを覚えるのはたいへんですが、一度覚えてしまえば、知的な刺激に満ちた競技を楽しむことができるようになります。技量を磨けば、その楽しさは一段と高まります。各種のスポーツ競技や音楽演奏などの場合には、知識以上に実技の能力が要求されますが、訓練によって楽しさへの道が開けるという点では、囲碁や将棋などの知的な競技と同様です。また、そうした実技の経験があれば、一流のプレーヤーの高度な技を観戦する楽しみも大きなものとなるでしょう。
 このような、消費活動を含めた生活全般から楽しみや満足を引き出し、それを享受していく力、いわば「享受力」の重要性は、「豊かさ」の方向性が次第に「心」の領域にシフトしてきたことで一段と大きなものになりました。消費者自身も、日々の生活からより大きな楽しみと満足を得られるように知識や技能を身に付ける動きを強めています。
 その対象範囲は、クラシック音楽や美術、読書といった、一般に高尚な「教養」と見なされている領域だけでなく、スポーツ競技や囲碁、将棋など、参加人口の裾野が広く、一般に「趣味」として認知されている領域、さらには、アニメやゲームなど、今の時点ではいわゆる「オタク」と呼ばれるような領域も含め、きわめて広範囲に広がっています。


「発信力」の獲得

 享受力と並んで、近年の消費者のパワーアップとして注目を集めているのが、不特定多数の人々に向けた「発信力」の獲得です。
 自身のホームページを作っている人は、すでに数百万人の規模に達しています。従来よりもはるかに簡単にホームページを作れる「ブログ」のサービスが定着したことで、その数はさらに拡大しつつあります。いまや「ブログをやっている」といっても、特別なことではなくなっています。
 また、グーグルやヤフーなどの検索エンジンが強力になったおかげで、一般の個人が発信する情報でも、多くの人に届きやすくなっています。誰もが不特定多数のネットユーザーに向けて、自在に情報を発信できる時代になってきているのです。
 多くの人に自分の考えや感じたことを伝えたり、作品を見てもらったりすることは、一種の楽しみともなり得ます。従来は、その楽しみは学者や作家、芸術家など、一握りの人だけに許された特権でした。インターネットの普及は、その楽しみの一端をすべての人に開放したのです。その意味で、消費者のインターネットを通じた情報発信は、消費活動の一環と位置付けられます。発信力の獲得は、消費者に新しい楽しみ、新しい「豊かさ」をもたらすことにつながるわけです。


企業の進化とも連動

 消費者の情報力と機動力の強化は、企業間の競争の激化を通じて、消費者を引き付けるための企業努力を引き出す要因となりましたが、享受力と発信力の向上も、企業の行動や、企業と消費者の関係に大きな影響を及ぼしつつあります。
 享受力と発信力を高めた消費者は、「豊かさ」を実現していくうえで、企業が提供する商品やサービスに依存する割合が減り、消費者自身の力や消費者同士の関係性から得られる「豊かさ」の割合が大きくなっていきます。
 ですが、それによって、消費者の企業の関係が薄れていくというわけではなさそうです。というのは、企業の側も、消費者の享受力の源泉である知識や技能の獲得や、消費者がより効果的な情報発信を行っていくことをサポートするための商品やサービス、情報を提供することで、事業の維持、発展を図っているからです。そして、その結果として、消費者の享受力と発信力が一段と高められていくという循環が生じています。この構図は、これからの日本の「豊かさ」を向上させるうえで、きわめて大きな役割を果たすことになるでしょう。


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連載「暮らしから見る身近な“経済”」

第1回 「成熟期」を迎えた日本経済(2007年6月号)
第2回 「豊かさ」の方向性(2007年7月号)
第3回 商業施設の新潮流(2007年8月号)
第4回 パワーアップする消費者(2007年9月号)
第5回 感動消費のマーケット(2007年10月号)


関連レポート

■「楽しむ力」への注目−オタクと趣味と教養と−
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 (日経BP社webサイト“Realtime Retail”連載 2005年7月15日アップ)


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