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読売ADリポートojo 2000年9月号掲載
「経済を読み解く」第6回
デジタル・デバイド−危機感のバリエーション−

 「IT、IT」の掛け声が響くなか、その波に乗り遅れることへの不安感も高まっている。ITが人々の生活や仕事に浸透するにつれて、ITを活用できる人とできない人の格差が広がっていく。「デジタル・デバイド」と呼ばれる現象だ。これは格差そのものを指すのではなく、「デバイド=分割、分水嶺」という単語が示すとおり、一定のラインを境に運命が大きく違ってしまう状況をとらえた言葉である。


米国では経済の根幹にかかわる重要な問題に

 米国では、ITを活用できるかどうかは、主として、その人の経済状態に左右される。豊かな人はパソコンなどのITツールを十分装備し、技能を高めて、条件の良い仕事に就くことができる。逆に、貧しい人々は、ITを学ぶ余裕もなく、低賃金の仕事しかない。その結果、豊かな人はますます豊かになり、貧しい人はいつまでも貧しいままということになってしまう。
 これは、道義的な問題というだけではない。米国社会の最大の美点であるダイナミズムを失わせるきわめて根源的な問題でもある。
 米国は、先進国中、もっとも厳しい貧困問題を抱え、それに立ち向かってきた国だ。経済の成長にともなって、貧困の状態を抜け出す人がいる一方で、貧しい国からの移民の流入があるため、貧困者はなかなか減らない。長期の景気拡大を経た九八年の時点でも、総人口に占める貧困者の比率は13%と、90年代初頭とほとんど変わっていない。
 しかし貧困層は、安価な労働力であると同時に、旺盛な消費意欲によって消費市場を活性化する役割も果たしている。いわば、貧困層の上昇意欲をエネルギーとして、経済のダイナミズムを維持する構造である。貧困にともなう治安の悪さや都市のスラム化といった問題は、そのための代償ということもできる。
 ところが、デジタル・デバイドのために、貧しい人々がいつまでも貧しいままという状態が続けば、貧困が引き起こす問題が深刻化すると同時に、人々の上昇意欲の低下が経済のダイナミズムをむしばむことにもなる。そう考えると、米国にとって、デジタル・デバイドがいかに深刻な問題かは明らかだろう。


日本では世代間闘争の様相

 一方、日本では、IT革命を不況脱出の特効薬かなにかのようにとらえた議論が目立ってきている。それにともなって、デジタル・デバイドに対する認識も、不況を乗りきれるかどうかの分水嶺というとらえられ方が中心になっている。
 パソコンの普及が遅かった日本では、ITへの適応度は、経済条件よりも、年齢との相関が強い。ただし、ここでいうIT適応度とは、単にパソコンやインターネットを使いこなせるということではなく、IT活用の効果やeビジネスの本質を、感覚的に理解できるかどうかである。多くの企業で、IT適応度の高い若手が中高年の管理職を差し置いて、ビジネスや内部組織の改革をリードするケースが増えている。それを許さない企業では、ITを活用できず、競争力を失う結果が予想される。
 日本企業におけるデジタル・デバイドは、世代間の摩擦という側面が強い。企業内の上下関係、役割秩序が崩れるという意味では、まさに革命だ。同じデジタル・デバイドといっても、米国でのそれが従来の階層を固定化し社会のダイナミズムを喪失させる方向に働くのとは、全く逆の性格のものである。


国家間のデジタル・デバイド

 デジタル・デバイドの問題は、個人間だけでなく、国同士の問題としてもとらえられている。
 日本や欧州諸国は、ITで先行する米国との格差が広がることに危機感を抱いている。また、米国発のITやeビジネスが、米国流の企業文化や商慣行とセットで侵入してくることへの嫌悪感もある。
 アジア地域などの新興産業国でも、IT化への対応を誤ると、先進国との格差が一段と拡大するという危機感は強い。ただ、その一方で、ITを導入するスピードと戦略次第では、先進国との格差を縮めることもできそうだという期待もある。
 韓国やシンガポールなどでは、この危機感と期待とを背景に、政府主導で急速なITの導入を図っている。その動きが本格化すれば、日本の危機感も一段と高まり、IT活用の号令もさらに熱を帯びることになるだろう。


デジタル・デバイドはIT化の加速要因

 デジタル・デバイドのさまざまな側面をみてきたが、いずれも、IT導入に際しての不安要素ではあっても、IT化そのものを抑制する要因にはならない。乗り遅れる人や企業、国があっても、IT化は容赦なく進行する。
 不安の解消は、IT化のペースを落とすのではなく、むしろ乗り遅れた層への導入を加速することでしか進まない。デジタル・デバイドは、個人や企業、政府の危機感をあおることで、IT化を加速する圧力となるだろう。


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