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The World Compass(三井物産戦略研究所機関誌)
2008年7-8月号掲載
労働生産性から見る日本産業の現状
 別掲1:物的生産性と価値的生産性

 一般に「生産性」というと、生産活動における投入に対する生産の多寡で表され、技術進歩や業務プロセスの高度化にともなう生産活動の効率性の向上の度合いを示す指標と位置付けられている。そして、生産性の向上は、企業にとっては収益性の向上、経済全体にとっては成長と発展につながるとの認識が一般的になっている。
 個々の企業における生産性を計測する指標の一つに、「物的生産性」がある。それは、製造業であれば、労働投入1人時あたり粗鋼○トン、自動車△台の生産、小売業であれば、店舗従業員1人時あたりで捌いた客数○人、あるいは販売商品△点といった具合に、生産活動に投入した経営資源あたりの物的な生産数量で計測する手法である。計測にあたっては、すべての生産活動に共通する経営資源である労働を分母として算出するケースが多いが、対象とする生産活動の特性や議論の目的によっては、耕地面積あたりの農産物の収穫量のように、労働以外の投入に対する生産量を生産性と呼ぶケースもある。
 この物的生産性の値が高ければ、同じだけの商品やサービスを生産するのに必要な投入が少なくてすむため、その分、利益が大きくなったり、販売価格を引き下げて市場の拡大を狙えたりといったメリットが生じる。また、自社の現状のデータを過去の実績や同業他社のデータと比較すれば、事業活動を行ううえでの重要な参考指標ともなる。その場合には、最終的な生産物だけでなく、それを作り出すプロセスを細かくブレークダウンして、それぞれの段階の生産性を求めることも行われる。
 物的生産性のデータは、「生産性」という言葉が持つ、「技術進歩や業務プロセスの高度化にともなう生産活動の効率性の指標」という一般的なイメージとほぼ重なる一方で、生産される商品やサービスのクオリティを勘案することが難しいという難点がある。そのため、生産効率や価格よりも商品の品質やユニークさを武器としている企業や、音楽、映像、ゲームなどの情報コンテンツを創造する事業、あるいは商社やコンサルティングファームのように事業の成果を数量的に把握し難い業種においては、物的生産性の経営指標としての有用性は限られる。また、物的生産性の場合、個々の商品、サービスごとに異なる単位となるため、異業種間の比較や多角化した企業の全体としての把握には使えない。当然、さまざまな商品・サービスの生産活動の総体である経済全体の生産効率を測る指標として使うこともできない。
 それに対して、生産活動の成果を商品やサービスの数量ではなく、金額で評価した付加価値額を使って算出する「価値的生産性」の場合には、そうした難点をほぼ克服できる。付加価値額の算出にあたっては、生産する商品・サービスの種類にかかわらず、以下の二つの計算式のいずれかが用いられる(この二つの計算式で求められる付加価値額は、理論的には等しくなることが想定される)。
 付加価値額=生産した商品・サービスの販売額−投入した原材料・資材・サービス等の購入額
 付加価値額=経常利益+労働コスト+減価償却+動産・不動産賃貸料+純利払い
 これらの計算式に従えば、企業会計のデータを用いて、すべての生産活動の成果を同じ基準、同じ単位で算出できるため、異業種間の比較や集計が可能になる。また、商品・サービスのクオリティは販売価格に反映されると考えられるため、付加価値額はクオリティを勘案した値になることが想定される。概念的には、一国の企業や非営利団体、政府など生産活動を行っているすべての組織が生産した付加価値額を足し上げた額がGNP(国民総生産)であり、そこから国内企業の国外での生産分を控除し、外国企業の国内での生産分を加えるとGDP(国内総生産)になる。
 そして、個々の企業の付加価値額や一国全体の指標としてのGDPを、生産活動に投入した労働量で除した値が、付加価値ベースの「労働生産性」である。これは、経済全体を扱うマクロの議論では最も一般的に用いられる生産性の指標である。
 ただ、付加価値額の場合、生産活動自体ではなく事業を行う外部環境によって変動するケースが想定される。たとえば、同業者間の競争が激しくなって販売価格が抑えられるケースや、原材料価格の上昇を製品の販売価格に転嫁できないようなケースでは、付加価値額とそれをベースにして算出される生産性の値が低く計算されてしまう可能性がある。このような場合には、付加価値のベースで算出した生産性は、純粋な生産活動の状況だけではなく、関連する市場の環境にも左右され、「生産性」という用語で含意される「技術進歩や業務プロセスの高度化にともなう生産活動の効率性の指標」という意味合いから乖離してしまうことには注意が必要だ。


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