Works
The World Compass(三井物産戦略研究所機関誌)
2004年7-8月号掲載
フロンティアに挑む商社の力

 社団法人日本貿易会は、2003年度の研究事業として、商社が取り組んでいる新しいタイプのビジネスモデル、新しい事業領域に関する調査・研究のために「商社とニューフロンティアビジネス」特別研究会を立ち上げ、筆者もそこに参加させていただいた。研究会の成果は『商社の新実像』と題する単行本(Amazonの紹介ページ)の形でまとめられているが(同書の構成)、以下ではそれとは別に、筆者なりの視点で、研究会を通じて得た知見をまとめてみたい。


フロンティアに見る二つの「新しさ」

 研究会では、「環境」「健康・医療・介護」「情報・IT・メディア」「先端技術開発」の四つの領域を、商社にとって、そして日本の社会全体にとってのニューフロンティアと位置付け、それぞれの領域における各社の案件を取り上げ、事例研究を行った。これら四つのフロンティア領域における事例を調べていくと、その多くに共通するファクターとして、二つの「新しさ」を見いだすことができた。
 第一には、「新しい技術」が重要な役割を果たしているという点である。先端技術開発やITの領域はもちろん、環境関連や健康・医療・介護の領域でも、多くの事例において、ITやバイオをはじめとする「新しい技術」が課題解決や事業創造のカギとなっている。
 第二は、「新しい社会制度」との関連である。経済、社会が成熟してくると、個々の企業や個人の経済活動では解決できない課題やニーズが浮かび上がってくる。環境関連や、社会保障の一環としての医療や介護はその典型である。そこに解を与えるための前提となるのが、社会全体でコストを負担するための制度的な枠組みである。商社が、最も現代的な課題の解決に取り組もうとすれば、そこに「新しい社会制度」が存在しているケースが多くなるのは必然と言える。
 新しい技術と新しい社会制度とを活用して事業を立ち上げるには、従来のパターンとは異質な新しいビジネスモデルが前提となる。そこでは、商社の役割、機能にも高度化・多様化が求められる(下図参照)。次の時代における商社のプレゼンスは、それに対応できるか否かで決まってくるだろう。


二つの「新しさ」が迫る商社機能の高度化と多様化


 もっとも、商社機能の高度化・多様化は、今に始まった話ではない。表面的な収益形態のバリエーションが売買差益や投資収益に限られてきたために外部からは見えにくい面があるが、商社の機能は、事業領域の広がりにともなって絶えず高度化・多様化を続けてきた。
 例えば、商社の重要な使命の一つである海外からの工業原燃料の調達でも、ルートを開いて購入する機能に加えて、より安定的な供給源の確保のため、海外の鉱山や油田、ガス田を保有したり、自ら開発まで手掛けるようになってきた。輸出の方でも、プラント輸出などの場合には、単に商品を売るだけでなく、現地での建設、据付のプロセスやリスク分担のアレンジなど、より高度で幅広い機能を担うケースが増えている。


事業創造を支える三つの力

 もちろん、過去の実績があるからといって、これからもそれが可能だということにはならない。しかし商社には、それぞれの時代における最先端の領域での事業創造と、自身の機能の高度化を実現していくための根源的な力が備わっていることが、研究会で行った事例研究からあらためて確認できた。
 第一に挙げられるのは、事業を遂行する際のコストやリスクを負担する力、企業としての「負担力」である。商社の事業規模、資産規模は、日本経済の発展と歩調をあわせて拡大してきた。この規模自体が、より大きな事業リスクを負担するための武器となる。
 事業領域の広さも、分散投資の理屈で、個々の事業でより大きなリスクを負担することを可能にする。加えて、実際に多くのビッグビジネスを立ち上げ運営してきた経験を通して、複数の事業パートナー間での複雑なリスク分担をアレンジするノウハウを積み上げてきたことも「負担力」の強化につながっている。
 第二は、さまざまな国のさまざまな分野の企業や政府、公的機関との取引関係や情報を交換するネットワークと、そこに連なる企業や機関を事業に巻き込んでいく力、いわば「連携力」である。
 性格の異なる幅広い相手を含むネットワークからは、ニーズや課題が持ち込まれるケースもあれば、その解決策の情報を得られるケースも、事業パートナーを求めるケースもある。そうした多彩な可能性を秘めたネットワークから、情報だけにとどまらず、現実の事業の上での「連携」を生み出していくには、それぞれにメリットが生まれるようなスキームを提示し、事業をコーディネートする力が不可欠である。豊富な事業実績を通じて蓄積された事業コーディネーターとしてのノウハウも、商社の「連携力」を構成する重要な要素である。
 そして第三に、社内に積み重ねられたノウハウや内外のネットワークを活用できる商社マンたちの力、「人材力」が挙げられる。商社には、かつては「海外で仕事をしたい」、近年では「新しいビジネスを生み出したい」といった志望を抱いた挑戦的な人材が集まってきている。
 そうした人材に、日々の業務を通じて、取引先が抱える問題点やニーズとその解決策を探り出す情報感度と技術、そして、問題解決を志向するマインドが育まれる。「人材力」とは、商社マン一人一人の力の集積であるが、長い目で見ると、それを育み受け継いできた企業風土、企業文化が、商社の大きな武器となっている。


変化こそが本質

 技術や社会制度をはじめ、時代の変化は加速し続けている。それに応じて、商社の機能の高度化・多様化も加速していけば、商社の実態をその機能やビジネスモデルで理解することは、従来よりもさらに困難になるだろう。
 経済環境が大きく変化するたびに何度となく唱えられた「商社不要論」や「商社斜陽論」の多くは、商社機能が変化を続けているという事実を見落とし、一時代前の機能の重要性が薄れたことを論拠としたものであった。近年の例では、IT革命によって仲介業者としての商社は不要になるという議論がそうだ。既に単なる仲介業者ではなくなっていた商社にとっては、IT革命はチャンスとしての意味合いの方が大きかったのである。
 商社機能の変化が加速すると、これと同様の、商社の機能を見誤った議論が一段と増えるかもしれない。しかし、商社の機能がどれだけ変化しても、ここでとらえた負担力・連携力・人材力の三つの力が商社機能の根源を成すという構図は、将来にわたって変わることはないだろう。三つの力を基盤として、時代とともに機能を変え続けていく。その絶えざる変化を推し進める力にこそ、商社の不変の本質があるのではないだろうか。


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■商社にとってのIT革命
 (The World Compass 2001年3月号掲載)


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