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読売ADリポートojo 2001年9月号掲載
「経済を読み解く」第18回
天気と景気とデリバティブ−天気の変化が生み出すリスク−

天気が景気を左右する

 この号を手にされているころには、少しは涼しくなっているだろうか。この原稿を書いている8月の初めには、暑苦しい日、寝苦しい夜が続いている。
 この猛暑、企業や経済にも、かなりの影響を及ぼしている。新聞や経済誌などでは、「猛暑効果」とか「猛暑特需」といった言葉も登場している。夏の暑さのおかげで売り上げを伸ばす商品や、業績を上向かせる企業があるためだ。
 代表的なのはエアコンと夏物衣料。これらは、夏の初め、6月ごろの天候次第で、売れ行きが大きく違ってくる。エアコンは1兆円近く、夏物衣料は定義にもよるが2兆、あるいは3兆円近い市場規模があり、その動向が経済全体に与えるインパクトも大きい。その他、ビールや清涼飲料、衣料用の洗剤など、猛暑の恩恵を受ける商品は数多い。
 逆に、猛暑がマイナスに働く分野もある。ゴルフ場や屋外型のアミューズメント施設は、あまり暑いと敬遠される。海水浴場も暑すぎては客足が落ちるそうだ。ショッピングに出かけること自体が減って、百貨店などでは売り上げが落ちるというようなこともある。また、農産物にダメージが及ぶこともあるし、水不足になると工場の操業が低下することもある。
 こうした形で、猛暑はプラスとマイナスいずれの方向にも、多くの企業の業績を左右する。ただ、マクロの視点でみると、夏はある程度暑い方が経済全体にはプラスに働く。冬は冬で、ある程度寒い方がプラスになる。
 これは、日本の場合、人々の暮らしのベースに四季の移り変わりがあり、季節の変化に対応するため、あるいは季節の変化を楽しむための消費需要が、衣食住すべての面で、相当大きなウエートを占めているからだ。季節の動きが平坦になってしまうと、その種の需要が落ち込んでしまう。そう考えると、夏の暑さも冬の寒さも、嫌がってばかりはいられない。


天候デリバティブの登場

 企業経営にとって、天気は、自分の力では動かしようのないかく乱材料、リスク・ファクターだ。天気次第で思わぬ利益があがる場合もある反面、手痛い損害を受けることもある。天気の変動が生み出すリスク、天候リスクは、企業経営者にとって、無視できない問題だ。
 今年に入って、そういった天候リスクを回避するための手法に注目が集まっている。「天候デリバティブ」と呼ばれる、一種の金融商品である。仕組みとしては損害保険に似ている。前もって料金(保険料にあたる)を払っておくと、気温や雨量などが一定の条件を満たした場合に、払った料金の何倍かのお金(保険金にあたる)を受け取ることができる、という仕組みだ。損害保険と違うのは、契約者が損害を受けたかどうかと関係なく、天候という外的な条件が満たされればお金が支払われるという点だ。そのため、煩雑な手続きが要らず、利用しやすいというメリットがある。
 この仕組みの原型は、アメリカの総合エネルギー会社エンロンが開発し1997年に最初の取引を成立させたものだが、日本では昨年あたりから、損害保険会社と銀行が組んで提供しはじめ、外食産業やレジャー産業、食品メーカー、衣料品メーカーなど、既にさまざまな業種の企業が利用している。


天気と金融ビジネス

 天候デリバティブの仕組みでは、前提となる天候条件と保険料、保険金の関係をどう設定するかがポイントになる。そこで用いられたのが、金融工学の考え方と手法であった。金融工学というのは、さまざまなリスクを数値化し、その売買を可能にするための技術である。
 「デリバティブ」は、日本語では「金融派生商品」と訳されているが、その本質は、リスクを売買できる形に商品化したものだと言える。天候デリバティブという言葉には、金融工学の手法を使って天候リスクを売買する商品という意味が込められているのである。
 考えてみると、企業にとっては、金融市場で決まる金利や為替レートも、自分の力では動かしようがないという意味では、天気と同じようなものだ。そもそも、金利や為替の変動にともなうリスクを回避(金融用語では「ヘッジ」という)する手段として生まれたデリバティブも、その原点を探っていくと、主として天候リスクに対処するための、農産物の先物取引に行き着く。天候デリバティブは、デリバティブの原点回帰だと言うこともできるだろう。
 現代の金融ビジネスでは、資金のやり取りの仲介以上に、さまざまなリスクをマネージする機能が重要視されている。中心となるのは、個々の企業の事業活動にともなうリスクだが、それと並んで、金利や為替レートといった、人為的に動かしようのない環境変化のリスクをどうマネージするかも重要な課題だ。もちろん天気もそこに含まれる。金融ビジネスにとっては、「暑さ寒さも飯のタネ」なのである。


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