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チェーンストアエイジ 2004年10月1日号掲載
<特集>消費者を動かす力−脱・安売り競争時代のキーワード−
三つのヒント−物語性、ライフシーン、学び−

 「消費者を動かす力」には、マーケティングやプロモーションなどの要素技術はもちろん、商品開発の体制やビジネスモデルそのものも関係してくる。その具体的な中身は、「効率化する力」「市場を創出する力」と同様、時代や業種によって異なってくるが、ここでは、多くの分野に共通する現時点でのヒントを、三つ提示しておこう。

1.物語性−消費者の心に響く情報発信−

 第一に「物語性」である。現代日本の消費者は、モノへの欲求を飽和させる一方で、刺激や感動に飢えている。それを与えてくれるのが物語である。最近では、「セカチュウ(世界の中心で愛を叫ぶ)」、「冬ソナ(冬のソナタ)」のヒットがそうだし、夏にはオリンピックで日本中が盛り上がった。
 物語を観たり読んだりすることで感動を手に入れた消費者の需要は、それと関連する品物を手に入れたり、関連する場所を訪れたりといったかたちで広がっていく。物語を基点に市場が創出されるわけだ。その種のビジネスモデルは、映画やアニメなどのコンテンツビジネス、さらにはオリンピックやワールドカップ、格闘技、コンサートなどのイベントビジネスでは既に常道となっている。
 それに対して、一般のリテールビジネスでは、消費者を動かすために物語を活用するかたちが想定できる。商品の来歴、機能、品質といった情報を、ただ正確に分かりやすく伝えるのではなく、人々の心に触れる物語性を持たせた形に構成して発信することができれば、消費者を動かす力は大幅に増幅される。
 エルメスやヴィトンなど、いわゆる高級ブランドはいずれも、創業者自身の伝記や技術開発にまつわる逸話、セレブリティとのエピソードなどが、既に物語として成立しており、それがブランド・イメージの確立に決定的な役割を担っている。
 より身近なところでは、スーパーの青果売場などで見られる「○○さんの畑の」といったPOPの例がある。これは単に「△△県産」と表示するのに比べて、顧客の想像力を喚起する物語的な手法ではある。しかしこれだけでは、○○さんがどんなこだわりを持ってその野菜を育てているかとか、そのスーパーのバイヤーが何を求めて、どのようにして○○さんと出会ったのかといった物語の中身までは伝わらない。
 もちろん業態や店舗によって発信できる情報量には限界があるが、その範囲のなかでどれだけ効果的に物語を発信できるかで、消費者を動かす力は大きく変わってくる。場合によっては、業態やビジネスモデルを再設計してでも、発信できる情報量の拡大を目指すことが消耗戦を抜け出すための、有力な選択肢となる。


2.ライフシーン−消費者の理想を先回りして体現化−

 第二には「ライフシーン」。近年、日本の消費者は、日々の生活における個々のシーンを、自分なりの理想のイメージに構築することで、より大きな満足を得る方法を覚えつつある。前述のプチ・ゴージャス型の消費行動の多くが、理想のシーン構築を目指したものと言える。
 ただ多くの場合、消費者は漠然としたイメージを描くだけで、それを実現するには、イメージにマッチした具体的な商品やサービスが必要になる。理想のブランチのためのパン、ジャム、テーブルウェア、理想のバスタイムのための入浴剤、ボディソープ、アロマ、といった具合だ。
 商品の機能やテイストが、消費者の描く理想のライフシーンとマッチするとき、あるいは漠然としたイメージを具現化できたとき、それは消費者を動かす力となる。そのためには、消費者の理想のライフシーンを把握すると同時に、それとの関係で商品やサービスをプレゼンテーションすることが求められる。
 その路線で、過去にもっとも明確な成功を収めた事例としては、良品計画の「無印良品」が挙げられる。「愛は飾らない」「わけあって安い」のコピーを具現化した、高品質ながらシンプルなデザインの商品群は、海外の高級ブランド品に象徴される華美なライフスタイルに疑問を抱いていた消費者の圧倒的な支持を得て、同社は急成長を遂げた。
 その他にも、サザビーの「アフタヌーンティー」やバルスの「フランフラン」などが、この路線に乗って事業を展開している。ケーススタディで取り上げた斑尾高原農場も同じ路線と言えるだろう。いずれも、時代の風向きを正確に捉えたコンセプト設定に加えて、それを商品群のかたちで提案したことが、消費者を動かす力につながっている。
 また、買い物という行為を生活のワンシーンと捉えて、その理想の舞台を店舗の形で提案しようという試みも目立ってきている。近年の都心部の再開発で生まれたショッピングゾーンや、そこに組み込まれる食品スーパーには、単に効率性だけではなく、デザイン性と快適性にも気を配り、そこでの買い物を理想的なワンシーンとして演出しようという意図が見て取れる。この動きは、これからの商業施設の開発や、そこに組み込まれる個々の店舗のスタイルにも影響を広げていくものと考えられる。


3.学び−現代消費者は学ぶのが好き−

 第三には「学び」。近年さまざまな層で、「学び」を楽しむ姿勢が目立ってきている。学校の授業や受験勉強は面白くないが、興味を持てる分野や自分の趣味に関しては積極的に勉強して、情報を仕入れようという動きである。さらに、その情報収集のプロセス自体を楽しもうという姿勢も見られる。
 この傾向は、情報を発信することで消費者を動かそうとする企業にとっては「渡りに舟」とでも言える現象だ。自社の商品やサービスについて、より深い情報を伝えるには、消費者の「学び」の姿勢を活用することが有力な手段となる。
 この手法を活用している業態としては、ホームセンター(HC)の動きが目立つ。店頭での商品説明では伝えられないDIYやガーデニングのノウハウを、教室形式で顧客に伝える試みは、既に多くのHCが採用している。食の分野では、ワイン教室やチーズ教室を定期的に開催するレストラン、利き酒の会を運営する酒販店などの事例がある。
 これらはいずれも、顧客の囲い込みを狙った企画であるが、店と顧客の間に先生と生徒の関係を生じさせることで、消費者を動かす力を増幅させる効果も期待できる。その意味では、かつて話題を集めた「カリスマ店員」の演出も同類と言える。
 消費者の「学び」のニーズを活用する手法は、趣味性の高い領域が中心になるが、人々の暮らしが豊かさを増すにつれ、そうした領域はまずますウェイトを高めていく。これは、高価格帯の市場が拡大するのと重なる潮流だ。消費者の「学び」は、多くのリテールビジネスにとって、今後、一段と重要性を増してくるだろう。


◎情報産業としてのリテールビジネス

 ここで取り上げた三つのヒントから共通して導き出せるのは、「消費者を動かす力」においては「情報」がカギを握っているということだ。もちろん、ここで言う「情報」とは電子データでも単なる知識でもない。消費者が商品の機能を超えた価値を見出す源泉の総称である。
 現代における商品・サービスの価値は、その基本的な機能に基づく部分をベースとして、そこに「品質の高さ」という付加価値が乗り、さらにさまざまな「情報」が乗った三段階の構造になっている。
 品質を上げるには、相応のコストがかかり、それを極端に上回る価格設定は難しい。それに対して情報は、使い方次第で、ほとんどコストをかけず、しかも大きなプレミアムを乗せることができる。リテールビジネスで収益性を高めるカギは、情報の扱い方にある。
 従来は、まず商品ありき、店舗ありきという考え方が当たり前で、マーケティングやプロモーションというと、それらに付随する副次的な要素と捉えられていた。しかし、情報がカギを握っていることを認識すれば、情報を効果的に発信するための業態開発とか、ブランドを構築するための商品開発、出店戦略といった逆転した戦略も選択肢に入ってくる。
 そこでは、商品やサービスは情報を盛る器であり、店舗や店頭の要員はそれを発信するメディアという位置付けになる。当然、テレビや雑誌、商品カタログ、インターネットといったメディアの活用法も、店舗の発信力とのトータルで考えていくことになる。
 これからの時代は、「良いものを安く」という愚直な努力だけでは生き残れない。これからのリテールビジネスには、「市場を創り出す力」、さらには「消費者を動かす力」を視野に入れた、新しい企業戦略が求められる。


特集の構成

■消費者を動かす力−脱・安売り競争時代のキーワード−
■ケーススタディ(1):セブン−イレブン・ジャパン−「知る力」と「動かす力」のハイブリッド−
■ケーススタディ(2):斑尾高原農場−未来形リテールのビジネスモデル−
■三つのヒント−物語性、ライフシーン、学び−


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